拝啓 半導体エンジニアさま(51) ―― レイオフとスピンアウト,今こそ日本でも

ジョセフ半月

tag: 半導体

コラム 2013年7月29日

 はるか昔,日本の半導体産業がまだ「イケイケ」で,米国の半導体産業が日本に押し込まれていた時代に,筆者がシリコンバレーで見聞きした,日本ではまず聞かれない二つの「慣習」がありました.レイオフとスピンアウトです(ここで「慣習」と書くか,「制度」と書くかをちょっと迷った.レイオフの方には一応法的根拠があるのだと思うが,スピンアウトの方はケース・バイ・ケースでひとくくりにできないと思ったので,取りあえず「慣習」と書かせていただいた).どちらも日本では「普通でない」マネージメント・スタイルです.


●朝,出社すると「今すぐ」解雇

 レイオフについては,その時代の日本のニュースでは「一時帰休」などと訳しており,実際に米国に行って「見聞」する前は工場の稼働率が下がったときの自宅待機的なものかな? くらいの理解でいたのです.しかし,現地で見たのは,日本流に言えばいきなりの「指名解雇」のようなものでした.

 ある朝会社に行ったら,近くに席があった(が仕事の付き合いはなかった)エンジニアがレイオフされ,私物をまとめ,警備員に付き添われて退去していく姿がありました.レイオフされなかった「ラッキーな」同僚によれば,朝出社するとレイオフ通告される当人の机の上にピンクの紙が置いてあるのだそうです.前の夜にマネージャが置いていくのだそうです.その紙があると,すぐに私物をまとめて出て行かねばならないのだそうで,その間20分ほど.

 実際には,前日に「翌日レイオフがある」ということで夕方定時で全員帰らされたので,何らかのアクションがあることは分かっていたのですが,それにしても素早いことでした.「過激なものじゃの~,日本の企業にはそういう制度がなくてよかったな~」と思ったものです.このところの日本の半導体の状況を見るにつけ,日本の企業も大差なくなってきているような気がしますが,どうでしょう....


●スピンアウトしたベンチャ企業が人の受け皿に

 その一方,スピンアウトという変な慣習(?)もあって,これが人の受け皿になっているのにも気づきました.会社を辞めた人が,辞めた会社のすぐ近くにオフィスを構え,ちょっと新しい切り口で「似たような商売」を始めるのです.だいたいは人望がある人が多く,その人のところに走るエンジニアが結構,出ます.

 スピンアウトといっても,きっかけはいろいろなようです.商売が思わしくなくなった会社は,「不採算部門を部門全体切り捨て」みたいな方針を早々と打ち出します.赤字が出てもしばらくは歯を食いしばって皆でがんばる日本とは違って,赤字が出そうだから(ということは現状黒字),先手を打って切ります,といった話も多いようです.これまた日本と違ってほとんど猶予期間など無し,As of Todayみたいな素早さです.そこの部門の人は偉い人も下っ端も関係なく,全員クビ.

 ところが,やり手のリーダがいる部門だと,(そういう雰囲気を察知して事前に準備しているのだと思うが)ほとんど部門丸ごとクルクルピンッと外へ飛び出して,会社を作り,似たような仕事を始めたりします.あるいは,会社の中にいても自分の仕事にスポットライトが当たらない,あるいは出世の見込みがないと見切ったリーダが,積極的に自分の方から外に飛び出して仕掛けるケースもあります.もちろん,自分と一緒に仕事をしていた部下の人たちと語らってということが多かったです.

 はた目に見ると,知的財産や権利関係などで元の会社ともめそうで大変じゃないかと思いました.実際,訴訟ざたになったケースも時々ニュースで見かけました.しかし,どうせ元の会社では期待していない「冷や飯食い」の事業だったり技術だったりするので「結構話をつけられる」ことも多いのではないかと思います.それに切り口は変えているので,「違う」といえば「違う」でしょうし.

 まあ,ベンチャがうまく行く割合は知れたものなので,スピンアウトしたからといって皆うまく行くわけでもありません.しかし,元の会社の一部門でくすぶっていたときの限界を反省するのでしょう,より注目を集めるような切り口で事業方針を打ち出すところが多いです.なにせ,ベンチャを立ち上げるにも先立つものが要りますから.そして目利きのベンチャ・キャピタリストからうまくお金を出してもらったら,人を集めてあっという間に会社を大きくし,上場を目指すわけです.

 うまく行き,上場を果たすか,注目を集めてどこか資金力のある他社に買収されれば,ベンチャとしては成功.まあ,その先をあまり考えていないという点は問題かもしれませんが,絶えずそういったベンチャで新陳代謝しているので,ある会社が「放出」した人々の受け皿が結構あったようでした.


●日本の半導体業界でスピンアウトが出てこない三つの理由

 「それに引きかえ」という話になります.昨今の日本の半導体業界の状況はというと,だらだらと止めどもなく,大手の半導体企業や,大手企業の半導体部門から人が押し出されている感じです.皆さん,半導体業界ではベテランばかりだと思います.半導体業界での再就職を希望する人が多いのだと思うのですが,業界内の職は極めて少ないのが実情ではないかと思います.人材あっせんの会社はもうかっていそうですが,なまじ半導体を「極めて」しまうと,いまさら畑違いの別業界をあっせんされても辛い,と思う方も多いのではないのでしょうか.

 こういうときに,昔アメリカで見たスピンアウトのベンチャのようなものが出てこないものかなあと,妄想が湧いてきます.スピンアウトは人の受け皿になるだけでなく,これまでの会社内の枠組みを打破するような発想をせざるを得ないので,低迷する日本の半導体を活性化するいろいろなアイディアがそれこそ「湧き出て」くるのではないかと思うのです.しかし,そんな話はあまり聞きません.勝手な意見ですが,理由は,以下の3点かと思います.

 一つ目は,知的財産その他の元の会社の権利関係です.辞めたからといって似たような商売はできないということになっているのが,日本の「普通」です.元の会社ではもうやる気が無くて手を引いているような分野であってもです.日本の会社は,取りあえず判断はせず抱え込む傾向があると思います.実際には,ある技術を担っていた人々がごっそり辞めてしまえば,腐るにまかせるだけなのですが,「よく分からんので置いておこう」というところでしょうか.自社ではもう見切ったような製品群や技術であれば,餞別代わりに安く権利を売ってくれるようなことがあればやりやすいと思いますが,そういう話はあまり聞きません.棚上げにして風化を待つ風情でしょうか.

 二つ目は,先立つものの関係.日本の場合,お金そのものはあるところにはあるようなのですが,米国のような目利きのキャピタリストがほとんどいないので,これは大化けしそうだなどということでベンチャにお金を出してくれるようなケースはほとんど聞きません.あくまで相対評価,他社との比較.担保次第.このところ大変分の悪い半導体関連など,最初から投資不適格というところでしょう.アベノミクスの第3の矢にでも期待をつなぐしかないかもしれません.

 最後は,自分たちの問題.ベンチャをやろうというようなリーダ,エンジニアが少ないことです.大手企業で立派なポジションにいた人ほど,大手にいたときに小さなベンチャ企業を下請けとして「生かさず殺さず」使ってきた経験のせいか,自分でベンチャをやろうなどとはつゆほどにも考えない人が多いように見受けられます.最後は,自分たちが,どれだけやる気があるのか,という問題に尽きるのかもしれません.


じょせふ・はんげつ


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