デバイス古今東西(50) ―― 電子デバイス vs. 電子部品,なぜ日本の電子部品は好調なのか?

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2013年6月19日

 スマホやタブレット端末に代表される世界市場の携帯電話,およびクラウド・コンピューティングの世界では,日本の「電子デバイス」が不調であるのとは対照的に,日本の「電子部品」は存在感を増しています.なぜ日本の電子部品は好調なのでしょうか.その理由としては,「日本の電子部品メーカは同族・ファミリ企業が多く,経営層にリーダシップがあること」,「材料から製造装置までの内製率が高いこと」,「海外生産比率を6割以上に高めて,超円高ドル安下でも価格競争力を維持できたこと」,などが考えられます.

 

●電子デバイスと電子部品はエレクトロニクスの縦糸と横糸

 電子技術にかかわる技術者の多くが注目しているのは,半導体技術や実装技術の動向ではないかと思います.半導体技術については,最先端の微細化技術や電子回路の集積化,設計技術の自動化,半導体の特許や知財などのIP(Intellectual Property)があります.実装技術については,挿入実装や表面実装,そしてパッケージングなどです.ただし,それらの技術だけでは電子回路を作れません.電子回路を側面から支えているのが電子部品です.

 一般に,電子デバイスと電子部品の概念は混乱しがちです.一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)は,電子デバイスと電子部品の分類を行っています.その分類に基づいて輸出入や生産の実績数値を毎月発表しています.

 電子デバイスは,真空管などの電子管,半導体素子,集積回路が対象です.電子部品には,受動部品や変換部品,接続部品,その他の電子部品が含まれます.抵抗,コンデンサ,インダクタ(コイル)などは受動部品です.表1は,JEITAのWebサイトから引用した電子部品の品目内訳表です.電子部品の製造技術は必ずしも最先端技術ではありませんが,先端製品を支えている技術です.

 

表1 電子部品の品目内訳表

 

 

 

●日本の電子部品は好調

 日本経済新聞の2013年5月27日の朝刊「強さ際立つ日本の電子部品」に,JEITA電子部品部会長の村田 恒夫氏(村田製作所 社長)の以下のコメントが掲載されていました.「電子部品は日本勢が強く,世界のシェアの4割を占めます.中でも小型モータは8割近いシェアを握っています.貿易収支にもその強さが出ています.昨年の日本の全体の貿易収支は6兆円を上回る赤字で電子産業全体の貿易収支も全体で5千億円の黒字にとどまりましたが,電子部品に限れば1兆円の黒字です」.

 貿易統計をあらためて見たところ,電子部品の2012年の年間輸入額が約4600億円に対して,年間輸出額は約1兆4600億円でした.確かに1兆円の黒字です.ちなみに,電子デバイスの2012年の年間輸入額は約1兆7000億円に対して年間輸出額は約2兆9000億円でした.貿易収支上は,電子デバイスも電子部品もどちらも黒字に貢献しています.

 ちなみに2012年の国内の年間生産額ですが,電子部品が約2兆4000億円であるのに対して,電子デバイスは約4兆1000億円となっています.どちらも大きな生産額です.日本の雇用を支えている分野であることは間違いありません.

 

●「価格を下げないといけない」という脅迫観念がある

 1980年代,ブラウン管テレビやCDプレーヤ,ビデオといった民生機器に加えて,ゲーム機やパソコン,ワープロ,ファクシミリといった情報機器・OA機器などの需要も一気に増加しました.さらに,ブラウン管テレビを国外輸出するなど,民生機器・情報機器・OA機器の多くが日本から海外へ出荷された時代です.

 そして1984年,日本では空前の半導体好況の時代となりました.つまり,需要が供給を大きく上回ってしまったのです.突如,国内外で数多くの半導体ブローカが出現しました.当時のTTL(74シリーズ)やCMOS(4000シリーズ)の論理ICは,非正規ルートで通常の10~100倍の価格で取引されることとなりました.あるブローカは,秋葉原で高値で論理ICを仕入れ,その日のうちに名古屋までトラックで運送し,テーブル型テレビ・ゲーム機の基板に組み込む作業を行った,ということを聞いたことがあります.

 筆者は当時,日本の電機業界と,米国人の"超"市場原理主義の間の板挟みになって苦悩しました.日本の電機業界は,中長期的視野と信頼で売買が行われる市場です.買い手は,購入すればするほど値引きを要求します.高インフレの経済状況下であるにもかかわらず,値上げという観念はほとんど存在していませんでした.「電機業界には『価格を下げないといけない』脅迫観念があるようにも見える」(1)という声が挙がるくらい,常に価格を下げることを約束する,あるいは約束させられる傾向にありました.

 一方,米国の半導体メーカは,この空前絶後の好況を見るや,価格を上げようとします.「日本の買い手は納得しない」,「顧客を失うぞ」と説明してもまったく意に介しません.逆に,「需要と供給の経済合理性だ」,「ここで稼がずにいつ稼ぐのだ」,「今が勝機だ」の連呼です.

 ただし,1990年ころ,日本の電子部品大手の1社であるロームは,理由は異なるものの大胆な値上げ指示を社長自ら行っていたようです.当時の状況を,村田 朋博氏の著書「電子部品だけがなぜ強い」(日本経済新聞出版社,2011年10月発行)(2)から引用させていただきます.

 「佐藤 研一郎創業者(1990年当時は社長)は,この結果(1990年9月中間期が営業利益率が2%)を不審に思い,調べてみると,製造原価割れの製品がたくさん見つかったそうです.主因は,(1)売上高・占有率を重視するあまり収益性を無視して価格を引き下げた,(2)過剰なサービス,であったそうです」.その後,「佐藤氏は,営業に一斉値上げを指示しました.今でも部品企業による値上げ要請はご法度という印象がありますが,20年前ではなおさらだったはずです」,「興味深いのは,その結果です.顧客を失ってもよいという覚悟の値上げであったにもかかわらず,実際には取引停止になったり,値上げを認めなかった顧客は少なかったそうです.当時,主力製品における同社の占有率は15%~20%ですから,支配的な企業であったとは言えません.にもかかわらず,ほとんどの顧客は値上げに応じたのです」.

 

●なぜ電子部品は好調なのか

 日本の電子デバイスの市況が低迷する中,電子部品だけが好調なのは違和感を感じます.特にスマホやタブレット端末では,日本の電子部品メーカは大きな存在感があります.ではなぜ,日本の電子部品は好調なのでしょう.理由は幾つか考えられます.

 一つは,ロームのような「価格を下げないといけない」という脅迫観念に屈しない経営層のリーダシップです.日本の電子部品メーカには,ローム,村田製作所,京セラ,マブチモーター,日本電産のような同族・ファミリ企業が多いことが背景にあります.近代の経営はガバナンス(企業統治)の観点から出資と経営の分離が進む傾向にあり,株式市場を中心に,経済発展に貢献してきました.しかし昨今の研究では,出資と経営が分離された企業より,出資と経営が統合されている同族・ファミリ企業の方が相対的に優れた業績指標を持つことが定説となっています.

 内製率が高いことも理由の一つと考えられます.先ほどの日本経済新聞 2013年5月27日の朝刊の記事の村田 恒夫氏のコメントを引用させていただきますと,「日本の電子部品メーカは材料から製造装置まで内製率が高いのが特徴.このため材料などで強みを製品に反映しやすく,海外勢による模倣も困難です.信頼性や小型化で力があり,顧客への提案力やソリューションでも優位に立っています」とされています.

 さらに,海外生産へのシフトを先んじて進め,歴史的な円高ドル安ユーロ安の中で価格競争力を維持できたことも理由の一つと考えられます.2011年における日本の半導体メーカの世界生産額(国内を含む)は約4兆6400億円であるのに対して,国内の生産額は約3兆3600億円でした.一方,2011年における日本の電子部品メーカの世界生産額(国内を含む)は約6兆8300億円であるのに対して,国内の生産額は約2兆3800億円でした.海外生産比率は,半導体が約27.7%であるのに対して,電子部品は約65.1%と高いのです.

 

 

●参考文献
(1) 相良 岩男;チップ型電子部品のできるまで,日刊工業新聞社,2004年10月.
(2) 村田 朋博;電子部品だけがなぜ強い,日本経済新聞出版社,2011年10月.

 

 

やまもと・やすし

 

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.

 

 

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