1チップで多様なセンサの前処理を実現するプログラマブル・アナログICを開発 ―― 「ETアワード2012」受賞企業インタビュー(4)  ルネサス エレクトロニクス

Tech Village編集部

一般社団法人 組込みシステム技術協会(JASA)は,「ETアワード2012」の受賞者を発表した.
ETアワード2012の「委員会特別賞」として,ルネサス エレクトロニクスの「Smart Analogによるセンサ・システム向けアナログ回路開発プラットフォーム」が選ばれた.ここでは,この製品の開発にたずさわった同社の平井 正人氏(写真1)に話をうかがった.

 

写真1 ルネサス エレクトロニクス MCU事業本部 MCU第三事業部 スマートアナログ企画部 部長の平井 正人氏


 

 

―― ETアワード2012 委員会特別賞を受賞された製品の概要をお聞かせください.

平井氏:今回,受賞の対象となった「Smart Analog」は,センサのアナログ・フロントエンド回路注1を実現するICです.このICは,マイコンと組み合わせて,ソフトウェアのようにIC内部のアナログ回路の構成や特性を変更できます.いわばFPGA(Field Programmable Gate Array)のアナログ版のようなICです.通常のアナログ回路は単機能で,決められた動作しか実行できません.このICは,センサからの情報をマイコンで判断し,その結果に基づいて,アナログ回路の構成や特性を変更するといった使い方が可能です.

注1:センサから受け取ったアナログ信号を増幅したり,変換したり,ノイズの除去を行って,後段のマイコンへ渡す回路.

 このICには,三つのOPアンプと多数のアナログ素子が入っており,スイッチによって素子間の接続を切り替えることで,さまざまな増幅回路を構成します.センサの信号を調べたところ,その多くはほぼ3種類に分類できることが分かりました.一つ目は電圧,二つ目は差電圧,三つ目は電流です.電圧で出てくる信号は非反転アンプで,差電圧で出てくる信号は計装アンプで,電流で出てくる信号は電流を電圧に変更するI/Vアンプで対応できます.具体的な電流値や電圧値は,多くのセンサ製品を調べました.そして,利得をいくらにすれば,A-Dコンバータのダイナミック・レンジに入れられるかを考慮して仕様を決めました.

 Smart Analogは,アナログ・フロントエンド回路だけのタイプと,アナログ・フロントエンド回路にマイコン(RL78コア)を集積したタイプの2種類があります.アナログ・フロントエンド回路の部分には揮発性のレジスタがあり,電源が投入されればマイコンからSPI(Serial Peripheral Interface)通信でレジスタに値が書き込まれます.電源を切れば回路の接続は切れ,再度,電源が投入されれば回路がリロードされます.

―― Smart Analogを使うと何が可能になるのでしょう?

平井氏:ディスクリートの部品で構成されたアナログ・フロントエンド回路は,価格的には安価ですが,決められた一つの機能や性能しか実現できません.一方このICは,回路構成や特性をカスタマイズできるので,多くのセンサに対応できます.例えば,利用しているセンサが途中で生産中止になった場合でも,比較的容易に別のセンサに切り替えられます.

 また,過大な入力や微小な入力を適正な大きさに補正したり,定常状態の検出レベルからセンサの特性の劣化を読み取って補正したり,といった使い方が考えられます.消費電力を抑えるための間欠動作にも対応可能です.計測結果から目的別に異なる補正方法を適用するなど,アナログ回路が不得手とする条件分岐による処理も,マイコンと組み合わせることによって実現可能です.

 さらに,アナログ・フロントエンド回路の設計を支援する数々のツールを準備しています.これらを利用すれば,アナログ回路の設計者だけでなくソフトウェア開発者も,センサのアナログ・フロントエンド回路を短期間に開発できます.

―― このような製品をなぜ開発しようと考えたのでしょうか?

平井氏:私たちは,カスタムのアナログICを開発して提供しています.このようなアナログICの販売促進を目的に,さまざまな要求に応えられるサンプル・チップを簡単に試作できるようにしようと考えたのがきっかけです.カスタムのアナログICを設計する場合,ユーザから多くの要求が出てきます.さまざまなアナログ回路に対応するにはどうすれば良いのかを考えました.切り替えスイッチを多用し,アナログ回路の構成をレジスタで設定する方法を考えました.さらに,マイコンでこのレジスタを制御するといった使い方が出てきて,応用範囲が広がりました.このような考え方に基づくツールを開発し,現在のSmart Analogへとつながったのです.

 また,センサを利用しているユーザにヒヤリングを行いました.少なくなってきたアナログ設計者の仕事を補完できるものにして欲しいとか,多様なセンサに対応して欲しい,などの要望を受け,回路構成や特性を見直しました.

 当初はアナログ設計者を中心とした,バーチャルな組織で開発をしていたのですが,社内でもこのICへの反響は大きく,製品設計の部門やソリューションの開発部門,ソフトウェア・ツールの開発部門,ドキュメントおよびWebの部門,広告宣伝の部門がそろってこのICを実現しようと動いてくれました.

―― ユーザの反応はいかがですか?

平井氏:このICは,昨年のET 2011から展示を始めました.昨年に比べて,「Smart Analogって何ですか?」と聞かれることは少なくなり,具体的な意見や要求をいただけるようになったと感じています.しかし,このICは,まだまだ発展途上のデバイスです.特にマイコンで直接アナログ回路を制御するという文化は,まだ根付いていません.

 ロードマップについては,現在,電源電圧が5Vの0.35μmプロセスで製造していますが,電池で駆動できるように3Vの0.15μmプロセス向けに製品を開発しています.

 また,センサ・モジュールに採用されるよう,適用分野を絞って回路規模を抑えて,コストを適正なものにしたいと考えています.さらに,小さなマイコンを入れて,通信方式を変更したり,分解能を高めたり,高精度の計測に対応できるにしたいと考えています.単なるシーケンサではなく,プログラマブル・シーケンサにして,センサ周りのアナログ回路とディジタル回路をこのIC一つで実現できるようにすることを目指しています.

 このほか,アナログ回路をもっと扱いやすくしたいと思っています.ディジタル回路は,AND記号やOR記号を使って書かれていた時代から言語記述の時代になりました.アナログ回路もOPアンプ記号を使って回路構成を書くのではなく,使い方を選ぶと回路構成を意識せずにアナログ信号が取り扱えるようにしたいと思っています.

―― センサ・システムを取り巻く環境は,今後どのようになっていくのでしょう?

平井氏:今までの家電機器は,決められたことしか実行できませんでした.しかし,HEMS(Home Energy Management System)や最新の家電機器を見れば分かるように,現在,センサを使って,環境に合わせた最適制御を取り入れる方向へと進んでいます.これを実現するため,例えば最新の電子レンジは,約20~30個のセンサを搭載しています.このように,ますますセンサの需要は大きくなります.

 そうなると,アナログ回路の設計者だけがセンサのことを分かっていれば良い時代ではなくなるでしょう.今後は組み込みソフトウェア開発者であってもセンサについての理解が必要な時代になる,と思います.

 

 ●参考URL
(1) Embbedded Technlogy 2012;ETアワード2012発表のページ

 

 

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