拝啓 半導体エンジニアさま(44) ―― 去るも残るも...,半導体企業リストラ時代のエンジニアが直面する落とし穴
統計資料を持っているわけではないのですが,残念なことに2012年は,本コラムが読者として想定しているLSIデバイスや半導体の技術者の数が減少した1年だったかもしれません.すでに何年か前からそのような傾向があったのかも知れないのですが,ご存じのとおり2012年の「減速感」には強烈なものがありました.
ごっそりと人が抜けて空席の目立つオフィスは寒々しいものです.また,住み慣れた組織を離れて個人で活路を切り開く決断をされた方のなかには,年の瀬に,寄る辺ない不安感にさいなまれている方もいらっしゃるかもしれません.
このような状況下では,仕事のあちこちに落とし穴というか,ギャップのようなものが口を開けて待っているように思われます.
●人とともに失われる,小さいけれども必須の「技術」
まずは,多くの人が去ったあとの職場を考えてみましょう.人が減ったということで,当然ながら「業務内容を絞り込んで,優先度の低い業務は止める」,「今まで担当を小分けにしていたものを多能工化して小人数で回るようにする」,「生産性が上がるようなスリムな仕組みや組織にする」などの対策が打たれていることでしょう.けれども意外と把握されていないのが,「実際のところ,技術的にどこまで出来て,どのあたりが弱くなっているのか」という問題だと思います.
ほとんどの企業では,大手,中小を問わず,文書化などを行って技術の属人化を防ぎ,基本的に人とともに技術が消えてしまわないような体制が作られているはずです.ですから,建前上は「技術が弱くなる,消える」といった問題はないはずです.それゆえ,現場から離れて久しい経営層に位置する人は,技術的に今まで出来ていたことが,ある日突然,出来なくなってしまう,などということは想定していないように思われます.
ところが現場では,細かいところでうまく回らなくなっていることがあります.確かに大きなくくりの中の「技術」とその「応用製品」は消えていないのですが,実はその大きな「技術」を支えていた,小さいけれども必須の「技術」が人とともに失われています.小さな技術なので,残った文書などから再構築は可能なのでしょうが,再度,構築するにはまた結構な時間がかかる,というケースです.
端的にいうと,「技術」の足腰が弱ってしまった状態です.出来ると思っていることと実際に出来ることの間にギャップが生じてしまうのです.
こういうことは現場の担当者レベルでは,まあまあ把握できています.受ける仕事によっては「ヤバいな」などと密かに認識されていても,表立っては伝わらず,いざ出来るはずだった仕事を始めたら,新規開発のときと同じようにトラブって時間がかかる,それどころかタイミングを逸して肝心の大きなくくりの「技術」でも商売ができなくなる,ということになりかねません.
●異分野の技術知識ではなく,職場環境や働き方の変化に戸惑い
一方,職場を去った側にも落とし穴はあります.長年仕事を続けてきた大ベテランの方ほど,新たな技術分野の仕事に戸惑いや恐れを感じるケースが多いのではないかと思います.「いい歳になって,過去の経験や知識が生かせそうにない新規分野を一から切り開くのは相当辛い」,「なんとか今までの延長線上で出来そうな仕事がないか」と考えるのが普通でしょう.
しかし,そのものずばりで今までの経験を生かせる仕事が見つかる,ということはほとんどなく,異分野への転身を考えなければならないケースもあるかと思います.「エンジニアリング関係なのだけれど,過去に経験したことのない異分野」という当たりの転職が,一番の悩みどころでしょうか?
何度か異分野の方々といっしょに仕事をした経験からすると,異分野であっても数学や物理などの知識が必要なエンジニアリング関係であれば,実はそれほどギャップはないのではないかと思っています.例えば振動現象といったものは,機械系から土木系まで,さまざまな分野で登場します.原理的にも手法的にも,電気・電子系の背景知識と考える基盤は共通です.単位の違いや桁の違いを抜きにすれば,どちらの仕事もお互いに分かりあえるように思います.
まして,LSIデバイスの技術者に期待されるのは異分野とはいっても,「異分野への電気・電子技術やICT(Information and Comunication Technology)技術の適用」といった切り口でしょう.物理現象のよく分かっているベテラン技術者にとっては,思ったほどのギャップにはならないと考えられます.
技術的なバックグラウンドの違いというよりはむしろ,長年慣れ親しんだ職場環境や働き方の変化,といった側面の方が実は大きな落とし穴になると感じます.物理現象はどこへ行っても変わることはありません.しかし職場環境や働き方などは,会社それぞれ,人それぞれです.自分が常識だと思っていたことが,実は常識ではなかった,ということもよくあります.
まずはこうした変化を前向きに捉え,目の前に広がる落とし穴を一つ一つ突破していきましょう.
ジョゼフ・はんげつ