拝啓 半導体エンジニアさま(36) ―― 日本企業の「整理整頓された実験室」が抱える弱点

ジョゼフ半月

tag: 半導体

コラム 2012年5月 2日

 海外だから必ずそうだと言うつもりはないのですが,海外の企業で実験室に入れてもらうと,多くの場合,乱雑で取り散らかっているように見えたりします.そこで新しいアイデアの試作品のデモを見せてもらって,「おお,これは凄い!」などと言っているわけですが,ひそかに心の底では「日本企業の整理整頓された実験室と比べて,ちと乱雑過ぎないか?」などとも思うわけです.実際のところ,あけっぴろげで実験室を見せてくれること自体,発展途上のベンチャ企業の振る舞いなので,海外でも成熟した大企業については,そうではないのかもしれません.

 

●ち密で計画的な日本式,素早くて大ざっぱな海外ベンチャ式

 日本では,整然と整理された実験室で,比較的若手のエンジニアが測定器などを並べて試作品の評価を行っている,というイメージがあります.実験の計画なども時間をかけて事前に練られているし,計画にそって淡々と,しかし精密に測定を行っていきます.

 それと比べると,さっきの乱雑な実験室では,けっこういい年のオッサンたちが,楽しそうに試作品を作っていて,できたそばからいろいろと見せてくれます.測定もポイントは抑えているものの,ち密な実験計画などはなく,ごくごくラフなもののようです.そして,測定を行っている最中でも何かを見つけると,横道に入り込むことがしばしば....

 どっちが良いとか悪いとか言う気はないのです.日本式はどちらかと言うと,正確に間違いのないデータを取得して,性能や品質を追い込んでいくためのものです.一方,海外ベンチャ式は,素早く試作品などを作って,ものの当たりをつけるためのもの,と言えるでしょう.

 そのような違いがあるので,何か話していて新しいアイデアが出たとき,海外ベンチャ式だと,乱雑な実験室のあちこちから使える部品やら道具やらを出してきて,あっと言う間に原理試作(原理を検証するための試作品)らしきものを作って動かしてみる,ということがままあります.このあたりは,日本式だといろいろと計画を立てて手配して,というように手間がかかるので,「同じことするのに何カ月もかかるなぁ」と思ったりもします.

 とはいえ,やってみたアイデアが果たして実際にモノになるのか,モノになったとして商売になりえるコストで実現できるのか,ということはまた別の話です.素早く作ったとしても,「これはちょっとねぇ...」ということでお蔵入りするものも少なくありません.その点日本式なら,計画段階でアイデアの実現性や採算性に気付いて,手を動かす前にアイデアをボツにするかもしれません.

 

●変化の速い分野では,素早い「試行錯誤」が重要

 しかし最近は,この素早く実際にやってみるということがとても大事なのではないかと思うようになりました.「試行錯誤」というと,なにか悪いことのように考えられがちですが,人類の進歩の原動力となってきた根源的な方法ではないかと思っています.すでに理論があり,知識があるのであれば,効率の良い方法はほかにもあります.一方,未知のものに対して適用できるもっとも汎用的な方法が「試行錯誤」なのです.

 すでに確立したエンジニアリングの分野であれば,大部分のことが理論的に予想でき,「試行錯誤」を繰り返すような仕事はしなくても済むかもしれません.しかし,なんでもかんでも予測がつくわけではありません.それこそカオス的な決定論に従うけれども予測不能なもの,あるいは本質的に確率的な現象を含むものが存在します.それどころか,人間同士の関係や社会,市場などの動向については,お金をかけて綿密な調査を行ったとしても,なかなか思ったとおりにいかないのはご存じのとおりです.エンジニアリングは純粋科学ではありえず,また商売と不可分です.結局,このような予想のつかないものに対処せざるをえません.

 まだ昔の,右肩上がりに線を引いてもそれほど予測が外れなかった時代であれば,将来ある時点の市場動向や他社製品を予想して,それを上回る製品仕様と競争力のある価格を考える,ということが今ほどは難しくなかったように思います.ところが,このごろは地球の裏側で誰かが何かのサービスを始めると,あっという間に市場動向が変化してしまいます.変化は,異業種・異分野の壁をやすやすと乗り越えてくるので,一つの業界の中だけを見ていても予測不能です.そして,ある時点では泡沫のような小さな動きが,1年もすると世界を巻き込むウェーブとなりえます.いくら綿密に検討していても,そのような動向を全て盛り込んで対処することは容易ではありません.

 そのような変化については,素早い「試行錯誤」で対処するしかないのではないか,と思うのです.とりあえず作ってみて,実際の反応や現実のフィードバックを受けて軌道修正して,また素早く出す.調査や検討に時間を使いすぎると,すでに現実は先に進んでおり,対処不能となるようです.また,ともかく現実にモノがあって,市場にさらされることで,自らも変化の中の一つの要素となりえます.現実世界の一要素としてフィードバックを得て,企画の正しさ,あるいは誤りといったものを明らかにする.ともかく振り落とされないように,この修正を素早く繰り返していければ,凡下と言えども急速にいいポジションに近づける可能性があると思います.

 

●なぜ雑然とした環境のほうがうまくいくのか?

 雑然とした実験室なら「試行錯誤」がうまくいくというわけでもないのですが,そういう環境のほうが,素早い「試行錯誤」を行いやすいように感じています.その理由を考えてみると,狭い小さな世界で閉じているためでしょう.かかわる人は小人数で,もしかすると1人かもしれません.会議の手間もありません.場所も道具も材料も手の届く範囲にあります.だからこそ雑然としてしまうのでしょうが,大上段に構えて準備などしなくても,なにか分かったらすぐに始められます.

 素早さには,秘訣も何もないように思います.やや成り行きまかせのようにも思えますが,予想のつかない世界ではそのような手法が合っているのかも知れません.

 

ジョゼフ・はんげつ

 

 

組み込みキャッチアップ

お知らせ 一覧を見る

電子書籍の最新刊! FPGAマガジン No.12『ARMコアFPGA×Linux初体験』好評発売中

FPGAマガジン No.11『性能UP! アルゴリズム×手仕上げHDL』好評発売中! PDF版もあります

PICK UP用語

EV(電気自動車)

関連記事

EnOcean

関連記事

Android

関連記事

ニュース 一覧を見る
Tech Villageブログ

渡辺のぼるのロボコン・プロモータ日記

2年ぶりのブログ更新w

2016年10月 9日

Hamana Project

Hamana-8最終打ち上げ報告(その2)

2012年6月26日