Ruby言語開発者のまつもと ゆきひろ氏が世界に通用する技術者になるためのハックを語る ―― 第14回 組込みシステム技術に関するサマーワークショップ（SWEST14）
●技術以外で立ちはだかる世界への「壁」
個々のエンジニアを見ると，日本人にも優れたエンジニアは多い．しかし彼らの多くは，海外に進出していないし，世界から認知されていない．そこには，二つの「壁」があるという．心理的障壁と，言葉の壁である．
日本社会には同調圧力があり，周囲の雰囲気（空気）を読み取れるのが「良い」日本人で，読めない人はKYなどと言われて揶揄（やゆ）される風潮がある．そして，日本人は空気を読むアンテナを持っていることにより，心理的障壁を自ら作り上げてしまったりもする．
同調圧力に従う必要はないし，壁は幻想であるとまつもと氏は語る．日本は「ユニークであれ」と言葉では言うが，「ほかの人と同じにやれ」という圧力が高く，矛盾している．しかし，社会を変えることより，自分がうまく立ち回ることを考えればよい．そうすることで，心理的障壁をうまく取り払い，問題ないところでは協調することができる．また，現在はインターネットの発展や各種技術イベントなどの存在により，同好の志を見つけやすい環境が整っている．同好の志とつながることにより，集まった力で心理的障壁を乗り越えやすくなる．
言葉の壁は，母国語の構造が英語と異なる国の人はみな苦労しているという．インドのヒンディ語も英語とはまったく構造が異なる．しかし日本では，英語を使わなくても生活で困ることは少なく，英語を学ぶ真の動機がない．このため，せっかく学校で習っても身につかない人が多い．
しかし状況は変わりつつある．日本市場が縮小し閉塞感が漂う中，「日本に閉じた技術者のままで生きて行けるのか？」という危機感が芽生えてきている．日本人の技術者も，日本から出て行くことや，日本を超えたグローバルな活動をする，という選択肢を本気で考える時期に来ているという．
「ガラパゴスも悪いことばかりではない」と，まつもと氏は皮肉まじりに言う．例えば，蟲毒（こどく）注2のように，閉ざされた空間で互いに戦い，最後に残ったもので世界に打って出る，という方法もあるだろう．しかし，みんなで同じことをするよりも，多様性を目指すほうが生き残れる可能性は高い．「みんなで同じ」というのは効率は良いが，失敗すると一気に全滅する危険がある．
注2：蠱毒とは，毒を持つ虫や動物を一つの壺に入れて封をし，戦わせて最後に残った1匹を使って呪いをかける，という呪術である．
●ハックが閉塞感を打ち破る
こちらが壁を感じるときは，相手もこちらに対して壁を感じていることが多いという．そして，壁の向こうに神秘性や魅力を感じていることも多い（写真4）．こちらが壁を破ることにより，相手も新しい交流を喜んでくれる可能性は大いにある．
写真4 まつもと氏がスペインで見かけた2本立て映画のポスタ
上が『崖の上のポニョ』，下が『耳のないウサギ（原題：Keinohrhasen）』というドイツ映画（ロマンティック・コメディらしい）．どういう意図で組み合わせられているのかは謎．エキゾチックな魅力を感じてもらっているのだろうか…
「日本は壁に守られていて，外に出られない」というのは幻想であり，壁を破るのもハック（ハッカー精神）である．そして，壁を破るのに必要なものは，「やる気」と「時間」，「ほんのちょっとの英語」，「伝えたい『なにか』」である．やる気さえあれば時間はいくらでも作れる．英語も，間違っていても伝わればよい．いちばん大切なのは，伝えたい何か（アウトプット）があることである．
アウトプットの手段は，ブログやオープン・ソース・ソフトウェア，githubなどいくらでもある．誰にでもやれるはずだが，実際にやっている人はそれほど多くない．逆に言うと，アウトプットすることがほかの人と差を付けるチャンスになる．そうやって，壁や閉塞感を打ち破ることができる，とまつもと氏は結んだ．
