「草食系」と呼ばないで ―― 明日の組み込み業界を支える若者を育てよう

舘 伸幸

tag: 組み込み Interface

コラム 2010年12月24日

 組み込みソフトウェア開発に携わる管理者や技術者の育成を図る団体「SESSAME(組込みソフトウェア管理者技術者育成研究会)」が活動を開始してから,ちょうど10年が経ちました.組み込み技術を取り巻く状況は,10年前とは一変しています.新興国が猛烈な勢いで追い上げてくるのに対し,10年後を託すべき日本の若者は「ゆとり」で「草食系」,このままでは....とお感じの方も少なくないのではないでしょうか.しかし,本当にそうでしょうか? ここでは,次世代のエンジニアとなる日本の若者について,また,エンジニアに必要とされるコミュニケーション能力について述べたいと思います.

●お知らせ
SESSAME(組込みソフトウェア管理者技術者育成研究会)は2011年1月14日に,「
第8回 組込みソフトウェアに関する教育・育成ワークショップ」を開催します.今回は,10年後を担う「次世代組み込みエンジニア活性化計画」をテーマとして掲げました.また,ノンフィクション作家の山根 一眞氏に,インタビュー技術やプレゼンテーション技術に関するご講演をいただくことにしました.組み込み業界内の著名人の講演は目にする(耳にする)機会も多いと思いますが,業界から一歩離れた視点での意見は,きっと意義深いものと思います.興味を持たれた方は,ぜひWebページをご覧ください.

 またこのワークショップでは,若者の育成や若手エンジニアの活性化についてパネル・ディスカッションを行います.山根氏のほか,大学の先生や業界のベテラン・エンジニア,若手エンジニアが登壇します.会場からも積極的にご意見いただきたいと思います.

 なお,『メタルカラーの時代』や『小惑星探査機はやぶさの大冒険』の著者である山根 一眞氏は,アマチュア無線家としてもアクティブな活動をされているそうです(CQ Ham Radio 2011年1月号にも著作記事が掲載されている).その方面の趣味をお持ちの方,ひょっとしたら休憩時間に話がはずむことがあるかもしれませんよ.

 

写真1 過去に開催したSESSAMEワークショップの様子

●「組み込み」で勝てていないという現実

 10年前,組み込み技術は,「将来数十万人規模で技術者が不足する」とさえ危惧された,未来ある職でした.しかしさまざまな要因により,市場は一変しました.システムの規模増大と複雑化は,日本が得意とする「すり合わせ」技術だけでは対応しきれないほどに進みました.さらに,中国やインドなど新興国がこの分野に注力したことにより,「組み合わせ」で作れる製品は,特にコスト面において彼らに圧倒的優位に立たれてしまいました.

 単にコストの問題だけではありません.新興国の若者たちは,かつて昭和30年代~40年代の日本がそうであったように,世界に追いつけ追い越せという,超絶的なハングリー精神でがむしゃらに取り組んでいます.ついには日本の企業の中にも,「国内よりも新興国のやる気のある若者を優先採用する」と宣言する会社も現れています(アジア方面への進出の意味合いもあるだろう).

 かつては,受験戦争や企業戦士という言葉がとびかった“戦国時代”を経験した日本は,それへの反動からか,いつしか優しい国になりました.徒競走のゴールはみんな手をつないでいっしょに.学芸会でも主役は全員に回る.理科みたいな難しい学問は,小さな子供には教えない.円周率は3でいいじゃない.…こうして,世界の荒波の中ではとても生命力の弱い,いわゆる草食系ばかりになってしまった,というのが,現在の中高年からみたステレオタイプです.

 しかし歴史上いまだかつて,「いまどきの若者は」と言われなかった若者はありません.若者とはそうしたものです.もし,彼らが世界に対して劣った位置に立っているとするならば,それは若者自身ではなく,彼らを導く立場にある,筆者たち現役側に原因があるのかもしれません.それを,ゆとりとか草食といった言葉で他責化しているだけなのです.少なくともそのように仮定すれば,原因や責任のある側,すなわち筆者たちに解決できる可能性が生まれます.

●大学生は組み込みの職に就きたいと思っているのか?

 SESSAMEでは,これまで主に企業の若手エンジニアを対象に,さまざまな教育活動を行ってきました.その中で,「もっと早く気付きを与えることができていれば,さらに伸びただろう」と感じることが少なからずありました.そこで近ごろは,より対象年齢をより下方向に広げながら,さまざまな教材を開発したり,技術的活動を支援したりしています.今ではかなり有名になったETロボコンも,学生の参加者が増えてきています.そのほかMDDロボット・チャレンジや,マジカル・スプーンなど少しずつ裾野を広げています.

 2年前からは,このような活動の一環として,「セサミ組込み講座」というものを大学の講義枠で試行し始めています.実際に企業や一般市場で働いている現役エンジニアが,自らの領域分野についてレクチャするものです.今この瞬間の現場の声を生で聴くことになりますから,学生のみなさんにはとても刺激的であるようです.これは書物やネットでは,決して手に入れられない体験です.そのためか,受講態度もたいへん良好です.水をまけば,しみこみ,芽が出る,そういう環境はあるということです.日本は,決して死にゆく大地ではないのです.

 先日,受講している学生の中から8名ほどの方に,インタビューを実施しました.主な質問は,セサミ講座を受講して組み込み技術をどう感じたか,将来の職業にしたいかどうか,といったものです.

 「進歩し続ける技術についていく(勉強し続ける)のは,とても自分にはできない」という発言もありました.また,「とても興味はあるが,自分には難しすぎる」と,自信を持てない旨の発言もありました.今回,セサミ講座は6名の講師で分担していますが,だれもが決してきれいごとではなく,厳しさも包み隠さず語っています.ですから,このような意見が出ることは,ある意味正しく現状を伝えられていることの証ともいえます.

 にもかかわらず,一方では半数の4名から,それぞれ形はちがうものの将来の職業にしたいという前向きな意見がありました.その理由は以下のようなものです.

  • 実際に自分の作ったプログラムで物が動くのが面白い
  • エンタープライズ系と異なり,全体を把握できる
  • 単なるプログラムでなく,組み込みはもっといろいろなことができそう
  • 実際に動いたときに達成感がある

 やる気を持ってくれた人たちは,組み込みのフィジカル・コンピューティングな面に興味を持っているようです.ネット世代なのに奇特な人たちなのか,ネット世代ゆえに現実現物への憧れのようなものがあるのか,興味深いところです.

 それ以外にも,

  • RFIDをやってみたい
  • 宇宙にかかわる組み込みがやりたい
  • 未知の世界(例えば体内など)にかかわるものを作ってみたい

など,熱い夢が垣間見られる意見も出ました.

 これらの意見は,わずかな講座のたった8名の意見です.統計学的にはまったく有意ではないかもしれません.が,そんなに特異な意見でもないと思います.皆さんはどのような感想を持たれたでしょうか?

 いずれにしても「彼ら」こそが,次代の日本を託す人たちです.今,「私たち」は長いトンネルの中にいます.どうしても明日の食いぶちに注力したくなりますが,それ以上に,ここは「米百俵の精神」で人材の育成に注力することが必要です.組み込み業界に元気と活気をもたらすには,これがなにより大切な施策の一つと考えます.

エンジニアにはコミュニケーション能力が必要

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