デバイス古今東西(38) ―― 「縦の競争」と「横の競争」,有機ELディスプレイにかかわる二つの競争

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2012年6月26日

 2012年6月,米国で世界最大の電子ディスプレイに関する国際会議が開催されました.最も注目されている技術は有機EL(Electro-luminescence)ディスプレイです.本稿ではまず,筆者が直接経験した技術上の問題について言及し,有機ELディスプレイに関係する二つの競争次元,すなわち「縦の競争」と「横の競争」について述べます.「縦の競争」とは資本集約の競争であり,「横の競争」とはディスプレイ技術間の競争です.

 

●シャープがディスプレイの新技術をSIDで発表

 2012年6月3日~8日,米国マサチューセッツ州Bostonにて,SID(The Society for Information Display)という世界最大の電子ディスプレイに関する学会が主催する国際会議が開催されました.最先端の電子ディスプレイの研究成果が多数発表され,セミナや展示会も併設されています.最近は,有機ELディスプレイ(OLED:Organic Light-emitting Diode:OLEDとも呼ばれる)の高精細化や大型化,具体的な適用,商業ベースでの動向に注目が集まっています.

 このSIDに日本からはシャープが,半導体エネルギー研究所と共同で液晶ディスプレイと有機ELディスプレイの双方に応用可能な新しい単結晶構造を持つ酸化物半導体を発表しました.高精細化や低消費電力化,タッチ・パネルの高性能化が実現できる,と主張しています(1),(2) 

 有機ELディスプレイの市場は,韓国のSamsung Electronics社やLG Electronics社に席巻されています.しかし2000年前後には,日本の数多くのメーカが基礎研究,および商業ベースで出荷実績を積み重ねてきました.筆者の知る限り,当時,アクティブ・マトリックス型では,少なくとも三洋電機,ソニー,セイコーエプソン,日立製作所,富士通,カシオ計算機,キヤノン,東芝,松下電器産業,富士電機,シャープ,京セラなどが,パッシブ・マトリックス型では,東北パイオニア,TDK,オプトレックスなどが有機ELディスプレイを手がけていました.日本のメーカがこの技術をけん引していたのです.

 例えば,三洋電機の310万画素の有機ELディスプレイ(図1)が米国Kodak社のディジタル・カメラに搭載されていました.ソニーはPalm OSを搭載した「CLIE」というPDA(携帯情報端末)に自社の3.8インチ型カラー有機ELディスプレイを搭載しました.どちらも早期にアクティブ・マトリックス型の有機ELディスプレイの商用化にこぎつけましたが,量産を継続することはありませんでした.

 

図1 国産アクティブ・マトリックス有機ELディスプレイを搭載した機器の例

 

●有機ELは結晶構造によって一長一短

 有機ELディスプレイの駆動方式にも,液晶ディスプレイと同じようにアクティブ・マトリックス方式とパッシブ・マトリックス方式の2種類があります.現在のノート・パソコンやディジタル民生機器の多くで利用されている液晶ディスプレイはアクティブ・マトリックス方式です.有機ELディスプレイの主流も同様です.高精細,動画対応の速さ,視野角などがより優れているからです.

 有機ELディスプレイの結晶構造は大きく二つに分けられます.多結晶シリコンと非結晶(アモルファス)シリコンです.どちらも共通して,画素間の発光のばらつき問題とVth(しきい値電圧)シフト問題を抱えています.発光のばらつきとは,TFT(薄膜トランジスタ)ドライバ・トランジスタの完全均一性を実現することが製造上困難である,という問題です.そして経年変化や高耐圧によるVthシフトの影響を受けます.ゲート電圧を印加し続けるとVth特性が変化し,動作の安定性を妨げます.発光を均一にする一つの方法は,各TFTドライバ・トランジスタの電流を制御することです.液晶のように電圧で制御することは難しいのです.

 多結晶シリコン型の有機ELディスプレイと比べて,非結晶シリコン型は低価格で作れます.そして非結晶型は大型のディスプレイに向いています.しかし,TFTトランジスタのVthシフトなどの特性安定性については,非結晶型が多結晶型より不安定な特性を持っています.つまり,結晶構造により一長一短があるのです.

 こういった問題を解決しながら,2012年のSIDではSamsung Electronics社とLG Electronics社が,55インチの有機ELテレビのデモンストレーションを行っています.韓国の有機ELディスプレイの技術レベルは相当上がっていると見られています.

 

●「縦の競争」と「横の競争」の2軸がある

 2002年に筆者は米国で,有機ELディスプレイ用のドライバLSIを開発・販売するファブレス半導体メーカを共同で設立した経験があります.技術者らは欧州のシェーバ(ひげそり)に搭載された有機ELパネル用(図2)のLSIを設計したチームで構成されていました.

 

図2 欧州製シェーバと有機ELモノクロ・セグメンテーション・パネル

 

 2000年前後の有機ELパネルは,特定の形状のモノクロ発光で,数字表示やインジケータなどに応用されていました.新会社で開発したLSIの一つは,前述のアクティブ・マトリックス型のばらつき問題とVthシフト問題を解決する補正メカニズムを有しており,特にアモルファス型に対して有効でした.日本では,アクティブ・マトリックス型の基礎研究を行っていた企業や,実用研究を行っていた有機ELディスプレイ・メーカなどに採用されました.しかし2000年代後半になると,有機ELディスプレイから撤退あるいは事業売却する企業が目立って多くなりました.

 その理由の一つは,有機ELディスプレイが「縦の競争」と「横の競争」に巻き込まれたからだと思います.

 「縦の競争」とは資本集約競争です.ディスプレイ産業も半導体産業と同じように,資本財を主たる経済資源とした製造中心,すなわち資本集約型の産業へと進展しています.つまり資本を投下すればするほど,単位資本当たりに生産されるディスプレイの原価が下がっていく,という競争事業です.従ってディスプレイの製造事業では,大規模な資本を投下し続ける企業だけが勝ち残ります.有機ELディスプレイは,半導体や液晶ディスプレイ,太陽光発電パネルと同じようにシリコンを用いており,同様の競争が展開されます.

 "ポスト液晶"をにらんで,ソニーとパナソニックが大型有機ELディスプレイで提携するそうですが,「縦の競争」の論理からすると妥当な話です.しかし,現時点で上述の韓国2社は,競合他社の追随が困難なほど継続的に資本投下を行っていることに留意する必要があります.

 一方,「横の競争」とは,ディスプレイ技術間の競争です.パナソニックが集中投資したプラズマ・テレビも,液晶テレビに主役の座を奪われました.SED(Surface-conduction Electron-emitter Display)パネルの研究開発を行っていたキヤノンは,東芝と共同で製品化を目指していました.しかし液晶パネルの価格下落や大型化,画質向上が予測を上回る速さで進み,両社ともこの事業から撤退しました.SEDの特許問題をめぐる訴訟も水をさしました.テレビや携帯端末を購入する顧客の多くは,画質が良く,値段が安ければ,それでいいのです.特定のディスプレイ技術に縛られることはありません.

 ディスプレイ事業では,少なくともこの二つの競争を考慮して経営上の意思決定を行っています.

 

●参考URL
(1) シャープ;シャープと半導体エネルギー研究所がディスプレイを革新する酸化物半導体の新技術を共同開発(ニュース・リリース),2012年6月1日.
(2) シャープ;シャープと半導体エネルギー研究所がディスプレイを革新する酸化物半導体の新技術を共同開発(発表会レポート),2012年6月1日. 

 

やまもと・やすし

 

●筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学大学院.

 

 

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