拝啓 半導体エンジニアさま(35) ―― 品質向上のためのノウハウの蓄積が,製品を市場投入する際の足かせに

ジョゼフ半月

tag: 半導体

コラム 2012年4月 6日

 半導体業界に限らず,日本の「工業界」に身を置いていて,自然と身につくのが「品質第一」という考え方ではないかと思います.筆者も長年そういう考え方を刷り込まれています.いまさらそれに異を唱えるつもりはないのですが,このごろどうも正しいはずのその考え方が,何やら袋小路に入り込んでいくような変な方向に流れているように思えるのです.品質保証部門の偉い人に聞かれると怒られそうなのですが,たとえてみれば動脈硬化のような症状です.

 ときどきアナリストらしき人が,「新興国向けに品質を多少落としても安く作るべきだ」といった意見を唱えているのを耳にしますが,それに同意するわけではありません.そういう意見を聞くと,「きちんと品質について考えたことがあるの?」と言いたくなります.多少なりとも製造側で品質などを勉強した人であれば,価格や納期も立派な品質の一部であることを知っていますし,それらを抜きにして品質を考える製造担当者はいないでしょう.

 しかし,このところの日本の製造業全体を覆っている「とろくささ(動きの鈍さ)」のようなものを考えてみると,日本式の問題点が露呈しているのも事実だと思います.そういったものは,組織だとか,マネージメントだとか,関係する要素がいろいろと多岐にわたるので,すべてを説明することはできません.ここでは,多くの会社で「水平展開」とか「横展開」とか呼ばれている行動について取り上げたいと思います.

 

●「水平展開」には副作用がある

 だいたいの会社では,「水平展開」や「横展開」といった言葉を使っているのではないかと思います.この言葉は,「営業担当者がある会社でうまくいった販売戦術を,似たような業種・地域の会社に『横展開』する」,といった使われ方をすることもあれば,「設計していて不具合を起こしてしまったときに,その不具合を繰り返さない対策を『水平展開』して,他品種でも万全を期す」といった使われ方をすることもあります.「良いことを周りに広める」といった概念なので,いろいろな局面で使われているのだと思います.

 設計でも製造でも,何か問題があれば原因を究明し,対策を打ち,効果を確かめます.それが良い効果であれば,その方策が定着するようにきちんと文書化し,マニュアルなどを作り,ルールとして皆に水平展開します.既存のチェック・リストの一部に追加されるような小さなレベルから,担当者を置いて組織横断的に手順を徹底する大きなレベルまで,いろいろなルールがあると思います.

 筆者もこれらのことは当然の活動であり,対応しなければならない行動だと思っていました.こういう活動の繰り返しこそが品質を向上させてきたのだと....しかし,どうもマジメな(一部の)日本人はやりすぎるあまり,本質を見失っていたのではないか,とこのごろ考えるようになりました.

 たぶん,長年の経験を積んだ職場ほど,そのようなルールがいっぱい積み重なっているはずです.「そのルールに沿って処理していけば間違いない」,「ルールをバイパスするなんてとんでもない」という感じなのではないでしょうか.実際,一つ一つのルールには背景があり,それなりの効用もあるので,取り除くと何か問題が発生するのではないか,という不安が存在します.けれども,このようなルールは,年々増えこそすれ,まず減ることはありません.一つ一つはリストにチェック・マークを書き込む程度の作業であっても,これが積み重なっていくと,この前にまずこれをチェックして,あの文書を書いて...,といった具合で,相当な作業量になります.その結果,新製品の投入に非常に長い時間がかかり,そしてこれが品質を担保するための必然だと思いつつ,残業して処理するのではないでしょうか.

 ところがライバルの新興国の企業は,そんなチェックをしているのかというと,おそらくしていないと思います.さっさと似たような新製品が投入されて,こちらが後じんを拝する,といったことが繰り返されています.それどころか,何か新しい市場に新製品を投入しようと考えたとき,既存品のためのルールが障害となって,なかなか新しいものを新しい考え方で開発できない,といったケースもあるようです.場合によっては,いわゆる「仕事のための仕事」を作り出しているだけの陳腐化したルールも残っているかもしれません.

 

●末期症状に陥る前にルールを減らす対策を

 考えてみれば当然なのですが,一人の人間,あるいは一つの職場の限られたリソースで処理できる量には限りがあります.それに対して長年の間に水平展開してきたいろいろなルールをすべて適用していくとなると,早晩,処理できないような作業量に達することでしょう.結果,処理しきれないことが予想される新しいケースはパスして,過去のルーチンで回せるパターンばかり処理しているとしたら,暗黙のうちに大きな足かせを作っていることになります.

 こうした弊害があるので,たまにはルールを見直して,積み重なったものを圧縮することも行われます.ただし,古くてよく背景の分かっていないルールを無闇に不要だと言ってバイパスしてしまうと,後で大失敗や大事故に繋がる,ということもありえます.そういう事例をけっこう耳にしてきていると思うので,抵抗感はかなりあるでしょう.ルールを減らせないまま,ずるずるいくと,だんだんと動きが遅くなります.競合企業に対してもそうですし,みずからの昔の速度と比べても,「このごろ動きが鈍くて...」という感じになってしまいます.

 もしかすると水平展開する範囲はなるべく限定して,本当に有効な範囲だけをコントロールするべきなのかもしれません.やたらと広げてしまうと,その効果のわりに時間を消費し,可能性をつみ取るような負荷になっているものもあるかもしれません.本当に陳腐化しているルールは早急に整理しないと,百害あって一利なしです.

 末期症状に陥ってしまう前に,方策を探しましょう.ルールを減らしていくためには,よく背景から理解して,不具合を起こさないように対処していく必要があり,これは容易ではありません.しかし,どこかでやらなければならない作業です.なにせ,どんなに小さな公差の等差数列であっても,その公差が「正」であれば発散してしまうのは必定です.積み重ねるばかりで取り除くことをしなければ,いずれ破たんしてしまいます.

 

ジョゼフ・はんげつ

 

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