Arduino開発チームのジャンルカ・マルティーノ氏が語る「Arduinoのこれまでとこれから」 ―― Make Tokyo Meeting 07
2011年12月3日~4日,オライリー・ジャパンは「Make Tokyo Meeting 07(MTM7)」を東京工業大学(東京都目黒区)で開催しました.各ジャンルのクリエイタが自分の技術力でアイデアを実現して発表・販売する恒例行事としてすっかり定着し,今回は7回目の開催となります.初日の午前はあいにくの雨となったものの,例年と変わらぬ来場者規模で,クリエイタたちの熱気を感じました.
●イタリアからArduino開発者が来日
MTMでは,参加者による作品展示と同時に,講演会やワークショップも開催されています.
今回の目玉の講演会として,Arduinoを販売しているスマートプロジェクト社 社長のGianluca Martino(ジャンルカ・マルティーノ)氏による講演がありました.同氏は,今や世界で最も有名なマイコン・ボードであるArduinoの開発メンバの一人です.
ジャンルカ氏は,オープン・ソース・ハードウェアという考え方のメリットについて,時間を割いて熱心に説明しました.その後,実際の応用事例を紹介し,最後に近い将来の新製品についてのアナウンスを行いました.Ethernet対応やWi-Fi対応のハードウェア,Androidとの連携,ビジュアルな開発環境などのソフトウェアのリリースがあるようです.
講演は英語で行われ,書籍『Prototyping Lab』(オライリー出版 刊)などを執筆したIAMAS(岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー)の小林 茂 氏が逐次通訳を行いました(写真1).講演はArduinoの考え方から近い将来のリリース予定まで,約40分間の話でした.
写真1 Arduinoの開発者の一人であるジャンルカ・マルティーノ氏とIAMASの小林茂氏
●Arduino発想の原点は「電子ブロック」
同氏はArduinoの最初のインスピレーションは,学研の電子ブロックから得られたと明かしました.コントロールを使うことで電子回路を作れる,というのが最初の考えでした.「Arduinoはプロトタイピングのためのツールであり,ユーザ・エクスペリエンスにフォーカスして開発しています.できるだけシンプルなものにすることで,使う側が作りたいものに集中できるようにしました」(マルティーノ氏,写真2).
写真2 講演中のマルティーノ氏
また同氏は,Arduinoで重要なのはシンプルな開発環境だと語りました(写真3).「Arduinoというと,多くの方が実際のマイコン・ボードを連想されると思いますが,マイコン・ボードはArduinoを構成する一部でしかなく,統合開発環境が重要な要素です.C言語をベースとしたものながら,シンプルさが特徴です.Eclipseと比べてみてください」(マルティーノ氏).
写真3 Arduinoのシンプルな開発環境
「Arduinoの初めのターゲットはアーティストでした.デザイナは自分たちでやっている活動をドキュメントとして公開する活動に意欲的なので,Arduinoでもそのような環境を作りました」.
「Arduinoの製造を始めたのは2005年.イタリアのイヴレアで生まれました.ちょうどそのころ,雑誌Makeが刊行されるなど,DIY(Do-it-yourself)への追い風が強まり,良いタイミングでした.Arduinoはオープン・ソース・ハードウェアであって,その名称のみ権利を有しています."オープン・ソース・ハードウェア"を理解してもらうことで多数のクローンが生まれました.そしてクローン同士の競争が起こって進化しています.クローンのおかげで,自分たちが直接Arduinoを届けられない場所にも,広めることができています.また,世界中に多数のハッカー・スペースが生まれて,さまざまな処理ライブラリが生まれています」(マルティーノ氏).さらに,コミュニティからフィードバックが得られていること,クローンから改良が行われるケースがあったことなども語りました(写真4~写真6).
写真4 ProcessingやWiringが登場し,最終的にArduinoになるまでのプロセス図
写真5 Arduinoを構成する流通の図
写真6 多くのクローンが生み出されている
「現在(2011年12月),20万個のプロジェクトが出てきていると思っています.Arduinoはそれ自体で完成したものではなく,それをツールとして活用し,アイデアを表現できるものです」(マルティーノ氏).その後,Arduinoを使って授業を行っている学校やArduinoを使っている企業を紹介し,さらにこれまで作られてきた作品を数多く紹介しました.