川口プロマネが「はやぶさ」プロジェクトの裏側を語る ―― エレキジャック・フォーラム in Akihabara 2011レポート
●「はやぶさ」の通信途絶と帰還
続いて川口氏は,「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」のサンプル採取作業を終えて帰還する過程で起こったトラブルを説明した.
2003年5月9日に打ち上げられた「はやぶさ」は,2005年11月26日に「イトカワ」への2回目の着陸を完了し,離陸した.しかし離陸後に第2エンジン(化学エンジン)が燃料漏れを起こす.続いて燃料のガスが噴出し,姿勢制御が不可能になる.燃料はすべて洩れ出してしまった.そして全システムがダウンし,通信が途絶した.極寒の宇宙空間で「はやぶさ」が受信可能な周波数は不明,送信可能な周波数も不明,通信時間と通信間隔も不明,といった状態に陥った(写真9).
写真9 小惑星を離陸した後に「はやぶさ」を襲ったトラブル

電力が回復し,通信が可能になるまでの時間を計算したところ,1年でおよそ60%~70%の確率で必要な条件が整うことが分かった.通信が回復するまでの間,プロジェクト・チームの志気を維持するため,検討会の回数を増やし,宿題をどんどん出して可能性が残っていることを伝えた(写真10).
写真10 プロジェクト・チームの志気を維持するための方策

そして運用では,地球からの指令を短いコマンドに分けて繰り返し送信し,「はやぶさ」がどのタイミングでも指令を受信できるようにした.一方で通信周波数をしらみつぶしに振ることで,地球との通信が回復する確率を高めた.その結果,幸運にも,わずか7週間で「はやぶさ」からの電波を受信できた(写真11).
写真11 「はやぶさ」からの無線信号を受信するための努力

太陽電池の電力を頼りに通信と飛行を続ける「はやぶさ」.しかし2009年11月,すべてのイオン・エンジンが寿命を迎えてしまう(写真12).イオン・エンジンは4基あり,それぞれがイオン源と中和器(イオンによる帯電を防ぐ)で構成されている.すべてのエンジンでイオン源あるいは中和器が寿命を迎え,動かなくなった.地球帰還予定まであと4カ月というところだった.「運命とは残酷なものだ.まただめか,と思わざるをえなかった」(川口氏).
写真12 イオン・エンジンの寿命が尽きる

ところが,あるエンジンのイオン源と別のエンジンの中和器を組み合わせることで一つのエンジンとして運転する「クロス運転」によってイオン・エンジンを再始動することに成功した(写真13).しかもこのクロス運転は,あらかじめこういった事態に備えて電源回路にバイパス・ダイオードを挿入していたことによって実現できた.「こんなこともあろうか」と作り込んでおいたバックアップの一つが,「はやぶさ」を生き返らせたのだ.
写真13 クロス運転によるイオン・エンジンの復旧

●世界初に対する米国のこだわり
そして2010年6月13日,オーストラリアに「はやぶさ」のカプセルが着陸した.着陸地点の誤差は約500メートルと少なく,着陸後わずか1時間でカプセルが発見された.世界中で「はやぶさ」の帰還を祝う声が挙がるなか,米国航空宇宙局(NASA)は,サンプル・リターン(サンプルを採取して地球に帰還するプロジェクト)の世界初は「スターダスト」だとのこだわりを強くみせた(写真14).「スターダスト」はNASAによって1999年に打ち上げられた彗星探査機で,2004年に彗星に接近して塵を採取し,2006年に地球に帰還した.
写真14 「はやぶさ」成功に対する米国の声明

もちろん,「スターダスト」と「はやぶさ」には大きな違いがある.「スターダスト」は天体に着陸したわけではなく,天体付近を通過しながらサンプルを採取した.これに対して「はやぶさ」は天体に着陸し,サンプルの採取作業を実施し,天体から離陸した.それでも「世界初は自分たちだ」と言い切ってしまうのが米国である.米国が自国民に「自分たちの国はナンバーワンだ」と自信と誇りを持たせる政策は徹底しており,このことがNASAの声明にも現れている,と川口氏は指摘した.われわれ(日本)はもちろん2番目だなどとはまったく考えておらず,「はやぶさ」は世界初であり,今後も世界初であり続けるよう努力しなければならない,と強調していた.
●バンダイが24分の1スケールの「はやぶさ」精密モデルを展示
基調講演に関連して,展示会・即売会コーナではバンダイが24分の1スケールの「はやぶさ」精密モデルを展示していた(写真15).2011年6月24日に「大人の超合金 小惑星探査機 はやぶさ」の商品名で発売される予定である.外形寸法は高さ129mm×幅254mm×奥行き185mm.イオン・エンジンの4基のスラスタと中和器に発光ダイオード(LED)を内蔵しており,クロス運転を含めたイオン・エンジンの運転状態を再現できる.メーカ希望小売価格は24,150円(税込)の予定.
写真15 24分の1スケールの「はやぶさ」精密モデル「大人の超合金 小惑星探査機 はやぶさ」

●迷惑電話を自動で判断して着信を拒否
このほか展示会・即売会コーナでは,未知の電話番号による迷惑電話を自動的に着信拒否にするシステム「トビラフォン」が興味深かった(写真16).トビラシステムズが開発した試作品を展示していた.
写真16 迷惑電話を自動的に着信拒否にするシステム「トビラフォン」の試作モジュール

試作品は幅100mm×奥行き45mm×70mmの小さなモジュールで,「トビラフォン」の契約者はモジュラ・ジャックと電話機本体の間にモジュールを挿入する.迷惑電話がかかってきた場合,モジュールの拒否ボタンを押す.すると発信者の電話番号が管理サーバに送られ,迷惑電話番号のデータとして蓄積される.データがある程度まで蓄積されると迷惑電話番号のデータが「トビラフォン」のモジュールすべてに送信され,未知の電話番号であっても迷惑電話と判断されて着信拒否となる.
このシステムの興味深いところは,契約者が増えるほど,迷惑電話番号のデータが充実していくことだ.なお当初は,トビラシステムズが独自に収集した迷惑電話の発信者番号が管理サーバに蓄えられるとのこと.
ふくだ・あきら
フリーランス・テクノロジ・ライタ
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