米国発クリーンテック便り(5) ―― 「発電」と同じくらい重要な「蓄電」の米国事情

阪口 幸雄

tag: 電子回路

コラム 2011年3月17日

●日本のメーカが市場をほぼ独占しているNa-S電池

 メガワット・クラスの大規模蓄電としては,Na-S(ナトリウム・硫黄)電池が今いちばんポピュラでしょう.日本のメーカが市場をほぼ独占しています.米国でもこの蓄電装置が風力発電所に併設されるケースが多いようです.

 独立行政法人 産業技術総合研究所の資料によると,その特徴は以下のとおりです.

 まず長所として,体積と重量が従来の鉛蓄電池の1/3程度とコンパクトであることが挙げられます.このため,需要地の近辺に設置できます.また構成材料が資源的に豊富です.長寿命で自己放電が少なく,充放電の効率が高いと言えます.

 短所としては,常温で動作しないことが挙げられます.ヒータによる加熱と放電時の発熱を用いて,作動温度域(300℃程度)に温度を維持する必要があります.また,充放電特性が比較的長い時間率(6~7時間)で設計されています.一定期間内に満充電リセットを実施する必要があります.

 NGK Insulators社(日本ガイシ)は,米国の電力会社の一つであるAmerican Electric Power社がウェストバージニア州Charlestonに設置した風力発電施設にNa-S電池を利用した蓄電装置を納めています.この蓄電装置により,数時間分の風力の変動をバッファリングして,電力網への電力流入を平均化できるそうです.3個のユニットで6メガワットのバッファリングが可能です.コストは2700万ドル,1ワット(W)当たり4ドル以上です.

 う~ん,高いのか安いのか判断に迷うところです.仮に1ギガワットを蓄電しようとすると,150台以上必要となる計算になります.やはりもう1けたか2けた,蓄電効率を上げる必要があります.6メガワットの蓄電量ではとても足りません.

●大型化に有利なVRに注目

 VR(Vanadium Redox;バナジウムを用いたフロー蓄電池)はこれからの技術です.VRのRはRedoxの略で,これは「酸化還元反応(Reduction-oxidation Reaction)」を意味します.イオンの酸化還元反応を溶液のポンプ循環によって進行させ,充電と放電を行います.Wikipediaの記述によると,サイクル寿命が1万回以上と長く,実用上は10年以上利用できます.さらに構造が単純で大型化に適するため,メガワット級の電力用設備として実用化されつつあるそうです.

 充電時の動作は,以下のように進行します.まず,プラス極に電流が流入(電子が流出)するので,4価のバナジウムは(電子を失い)5価に酸化されます.マイナス極では3価のバナジウムが(電子を得て)2価に還元されます.この時,バナジウムの対イオンである硫酸イオンから見ると,ブラス側では相手が過剰となり,マイナス側では不足します.これを調整するために陽イオン交換膜を水素イオンが通過し,バランスを取ります.放電時には,充電時の逆の反応が進行します.

 循環ポンプにより,タンク内から未反応のイオンが供給される限り反応は進みますが,反応済みイオンの濃度が増すにつれて充電効率が低下します.このため,最大充電容量は全イオン量よりある程度低くなります.重量エネルギー密度は20Wh/kg程度と低く,リチウムイオン2次電池の 1/5程度に過ぎません.

 VRには多くの長所があります.まず,燃焼性や爆発性の物質を使用しないという意味で,先行して実用化されたNa-S電池より安全性の面で優れています.また,室温で動作し,熱源は特に必要としません.設備は,大部分が一般的な機器で構成でき,繰り返し充放電により長寿命を期待できます.レアメタルなどの希少資源もほとんど必要としません.電池容量を増やすには,溶液のタンクを増設するだけですむので,大型設備に適しています.

 短所は,水溶液を使用しているので,水の電気分解が生じる電位が制限となり,エネルギー密度を上げることができない点です.大型化は容易ですが,小型化は困難です.溶液温度が上昇すると支障があるため,冷却装置が必要になります.

 VRは大型化に有利な方式ですが,最近では家庭向けの30ワット時(Wh)のフロー電池を開発するベンチャ企業も登場しています.これらの蓄電装置が安価な値段で買えるようになると,世の中が大きく変わるかもしれません.

●化石燃料発電と再生可能エネルギー発電は補完的な関係

 風力発電や太陽光発電の場合,ばらつく電力発生量を平準化する要求が強いのですが,火力発電や原子力発電では,一度稼働を始めると同じ発電量がずっと続くので,ピーク/オフピークの電力発生量を調整するのが容易ではありません.再生可能エネルギー発電と化石燃料発電は補完的な関係になるべきで,そのためにも「蓄電」が非常に重要になります.

 今,米国で再生可能エネルギーの発電所を作るコストは,だいたい1ワット当たり4ドルと言われています.1ギガワット(原子力発電所1基分に相当)の太陽光発電所を作るのに,パネル代,インバータ代,土地代,建設費,その他で約40億ドル(3400億円)必要になります.なお,再生可能エネルギー発電は太陽や風に依存するので,年間の平均稼働率は30%~40%程度です(原子力発電は90%以上).化石燃料発電にしろ再生可能エネルギー発電にしろ,発電量の1/5程度を蓄電してはじめて安定化しますが,化学的方法ではその規模と安全性に疑問が残ります.

●大規模蓄電は「物理学」でいくか,「化学」でいくか

 大規模蓄電ということになると,現時点で一番効果を上げているのは揚水型の水力発電所(図2のPSH:Pumped hydro)で,米国で22ギガワット,欧州で38ギガワットの蓄電能力があります.

 米国のEPRI(Electric Power Research Institute)によると,全米にはCAES蓄電施設を設置できる場所はかなりあるそうで,300メガワットの施設を作るためには2200万立方フィート(約62万立方メートル,すなわち1辺が約85メートルの立方体)の地底空間があればいいとのことです.これで8時間分(×300メガワット)の蓄電が可能です.イニシャル・コストは1ワット当たり1.5ドルですむようになります.すでに稼働しているドイツの施設は1978年から,米国の施設は1991年から安定稼働を続けています.「シャンパンのふたが飛ぶ」のは困りますが,米国のように土地が広大な国では,人家から離れた場所に設置することも容易です.送電網には直流高圧線で供給すればロスが少なくなります.

 重力を用いた揚水式発電所と圧縮空気を用いたCAESを数十カ所作り,再生可能エネルギーによる発電や化石燃料発電の夜間の安い電力で蓄電し,昼間の高い電気代で売電する,というのは案外ビジネスとして成り立つかもしれません.

 筆者は物理学科卒なので,物理現象というのは安心感があり,かつスケーラブルであると感じます.化学学科卒の人には怒られるかもしれませんが....

 

さかぐち・ゆきお
yukio@sakaguchi.org
http://d.hatena.ne.jp/YukioSakaguchi/

 

◆筆者プロフィール◆
阪口 幸雄.シリコンバレー在住25年.もともと半導体技術のベテランで,CQ出版が発行していたDesign Wave Magazineにも数度登場.最近,環境技術をあれこれ勉強中.「地球環境を守ることとビジネスの発展は両立する」がモットー.

 

 

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