RFの測定にかかわる基本的な事柄を丁寧に解説している良書――『はじめての高周波測定』
『はじめての高周波測定 |
パソコンのCPUのクロックがGHzのオーダを超えてから,なんとなくGHzという単位が身近に感じられるようになりました.しかし,いったんその信号を測定する立場に立つと,なにかもう,別の世界が広がったかのような気がします.特に,周りに経験のある高周波(RF)エンジニアがいない場合,たとえ目の前に測定器があったとしても,それらを駆使して高周波信号を測定することは,初心者の知識ではたいへんなことです.
例えば,NF(ノイズ指数)は高周波の設計では基本的なパラメータです.LNA(低ノイズ・アンプ)などは,NFに注意して設計しなければなりません.NFそのもの概念は,教科書などで勉強してよく分かっている人が多いと思います.しかし,いざ「測定しなさい」と言われると,困ってしまいます.こうした局面で参考となる高周波の測定に関するまとまった書籍が,意外と見あたりません.
本書は,高周波(RF)の測定にかかわる基本的な事柄を丁寧に解説している良書です.単に測定法にとどまらず,その測定の原理まで説明しているので,理解が深まります.特に,高周波が初めてだとか,高周波にたずさわって間もないエンジニアにとっては,良き指南書になるでしょう.
●実務で失敗しやすいところをきちんと解説
ベクトル・ネットワーク・アナライザやスペクトラム・アナライザなど,代表的な高周波の測定器は一般に高価です.オシロスコープのように「1人に1台」という状況には,なかなかないと思います.従って,いざ測定を始めようとしても,慣れていないこともあり,信頼性の高い測定は難しいものです.
低い周波数の測定のように,オシロスコープを使い,プローブをあてて電圧だけを眺める,ということが高周波では通用しません.プローブで触っただけで,測定系に大きな誤差を与えてしまいます.また,高周波回路では一般に,電力をいかにうまく伝播させるかが重要になります.ですから測定の多くで,電圧よりも電力を取り扱います.測定に際しては,測定器そのものが非測定物からの信号の電力を消費します.そのため,回路インピーダンス・マッチングという概念が重要になります.ほとんどの場合,50Ωにマッチングが取れた状態の接続で測定を行います.さらに,測定する信号の波長が短いので,測定器と非測定物の間のケーブルやコネクタなどの影響が避けられません.そこで,測定に際してそれらのキャリブレーションが必要になります.
本書では,これらの内容が詳しく書かれています.例えばキャリブレーションを行わないと,いったい何を測っているのか分からない状況になってしまいます.
マイクロストリップ・ラインなどの設計の重要なパラメータは,基板の誘電率や誘電正接です.それらをどのようにして測定しているのかは,実は評者自身もよく知りませでした.いろいろな方法が考えられるのでしょうが,本書を見て初めて,リング共振器などを使うことを知りました.言われてみれば,なるほどという感じです.とても参考になります.
一般に,高周波測定で使われるコネクタはSMAが多いと思います.一方,測定器はNコネクタが一般的です.そのため,SMA-N変換コネクタなどを使います.評者には,これに関して苦い経験があります.安物の変換コネクタを使ったため,とんでもない測定値になったことがありました.最初はその原因がよく分からず,変換コネクタの反射損失(リターン・ロス)を調べたときには目を疑ったものです.このように,単に「つながっていればいい」という低周波の場合とは違って,変換コネクタやケーブルなども細心の注意を払って使用しなければなりません.そのことについても,基本的な事項として,本書は詳しく説明しています.
●測定器の内部の動作原理や測定限界を知りたい
最後に,本書に対する要望をいくつか述べます.
高価な計測器については,ふたを開けて中を見るということができません.そこで,(ページ数の制限があって難しいとは思うが...)測定器の内部で実際にどのような原理で測定されているのか,についての説明があれば,なお面白いと思いました.
また,測定器には測定器そのもののひずみや誤差などがあり,測定限界が存在します.測定に際して,これらをうっかり忘れてしまうことがよくあります.それらについても,もう少し詳しい説明があれば,初心者にとってとても助かるのではないかと思いました.
にしむら・よしかず
(株)エーオーアール