デバイス古今東西(14) ―― 起業家としての倫理と哲学

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2010年6月24日

●起業家としての倫理と哲学

 早稲田大学大学院で起業家研究を専門としている柳 孝一 教授は,ベンチャ企業の経営者に対して,「ベンチャに取り組む気概」,「起業・経営のためのスキル」,「起業家としての倫理と哲学」という三つのバリューをセットにして,途中で変節しないように教育する必要があると提言しています.

 「ベンチャに取り組む気概」とは,さまざまな困難や苦境を積極的に乗り越えて行こうとする強い気持ちのことです.ベンチャの志,理念,ビジョンに通じるチャレンジ精神です.また「起業・経営のためのスキル」とは,ビジネス・スクールのテキストで教えられる専門知識です.これらに対して,「起業家としての倫理と哲学」については,まだ十分に教育されているとは言えません.

 ビジネス・スクールの教育の多くは米国からの輸入・焼き直しがほとんどです.そもそも「倫理と哲学」というより,「本当に社会的倫理や法令を遵守しているのか」についての性悪説的視点に立った主張やけん制の道具が多いのです.例えば,現在日本にもたらされつつある「企業の内部統制」は,不正を阻止するねらいには合致していますが,実際に企業を改善する可能性や企業価値を向上させる可能性については満たしていません.

 株式至上主義と市場原理主義が結合した米国流経営を批判し続けているデフタ・パートナーズ・グループ会長の原 丈人 氏は,これからの時代の新しい資本主義として「公益資本主義」を提言しています.公益資本主義とは,経営者,従業員,仕入れ先,顧客,地域社会,そして地球全体と,会社が関係するすべてに対して何らかのかたちで貢献することこそが企業価値と認められる資本主義です.「会社の目的は利益を出すことですが,その利益は何らかのかたちで社会に貢献していく.日本的に言えば,社会に恩返しすることこそを民間企業の使命として,そのために経営陣,従業員,資本家が協力し合う会社を目指す,これが理想の姿です.その中で特に大事なのが三点.一点は会社の利益が社員に公平に分配されていること,二つ目は会社の持続性,三つ目は改善性です」.これが同氏の主張です.

 そして,「依然として多くの日本人は製造業などの実業が大事と,直観的にあるいは腹の底から思っています.そんなにもうからなくてもお客さんが喜べばいいと思っています.こういう文化伝統の上に成り立っている社会です.もうかるかどうかが唯一の判断基準ではありません.日本はその唯一の先進国です」と,日本独自の価値観を評価しています.

 このほか,稲盛 和夫 氏(著書『成功への情熱』)の経営哲学もあります.これは,探求し続けてきた人間の判断基準となるべき宗教的規範や倫理観を企業哲学として確立し,全従業員に対して共有することに最大の努力を払い続けるという経営哲学です.「自分の才能は私物化してはならない」,「私心があってはならない」,「働く意義や目的が最も重要だ」,「思いやりを持つことこそ大切である」というごく純粋な気持ちと誠意です.

 原 氏ならびに稲盛 氏の主張はどちらも,「起業家としての倫理と哲学」に通じる誰もが共感できる重要な価値観だと思います.

 今回の事件について筆者が懸念するのは,ベンチャ企業に対するマイナスのイメージの拡大です.全部が悪いわけではないのに,一つか二つ悪い事例が出てくると,ベンチャ企業がひとくくりにされて「ダメだ」と判断されます.これは,一種の風評被害と言えます.そして日本発のベンチャ企業には,誰もが共感できる価値観,すなわち「起業家としての倫理と哲学」を備えることが求められていると思います.

 

 

やまもと・やすし

 

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.

 

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