デバイス古今東西(10) ―― トヨタの大量リコール問題を機に考えるモノづくりのリスク

山本 靖

tag: 半導体 電子回路

コラム 2010年3月10日

 ここでは,筆者が考えるモノづくりの六つのリスクについて述べます.それは,「計画納期リスク」,「計画コスト・リスク」,「計画性能リスク」,「技術情報リスク」,「顧客視点価値リスク」,「ビジネス環境リスク」です.ただし,これらのリスクはそれぞれ独立の関係にあるわけではありません.個々のリスクだけに注目して対策をたてていると,モグラたたきの状態に陥ってしまいます.ほかのリスクとの関係を正しく把握することが,全体リスクの低減には欠かせません.

 

●対岸の出来事ではないトヨタの大量リコール問題

 トヨタ自動車の大量リコール問題をめぐって,豊田章男社長が米国下院の公聴会に出席しました.「成長のスピードが速すぎた」ことが,大量リコール問題の原因の一つであると証言しています.ただし,電子制御スロットル・システム(ETCS)の欠陥の可能性については否定しました.もともと,アクセル・ペダルが元の位置に戻せなくなる可能性があるためにリコールの届出が行われていました.成長の急拡大が不具合の原因の大本にあり,ETCS自身には問題はなく,直接的な原因はあくまでもペダルまわりにあるという主張です.

 今回のトヨタの件は,エレクトロニクスの業界に身を置くわれわれのようなモノをつくる企業にとって,対岸の出来事ではありません.なぜならば,モノの開発,設計,調達,組み立て,販売,アフタ・サービスを行う以上,そこにはモノづくりに共通したリスクが必ず伴うからです.

 それではモノづくりにおけるリスクとは何でしょう? 以下では,それらをあらためて考えてみましょう.

 

●リスクには「不確実性」と「経済的損失」の側面がある

 多くの企業においては,予算の目標を掲げ,収支が目標内で収まるように管理することが求められます.経営活動の結果が目標の許容範囲を越えてしまったとき,それが発展して経済的な損失をもたらす重大な結果に至ることが考えられます.この重大な結果を「リスク」と呼びます.

 リスクには二つの側面があります.一つ目の側面は「顕在化の不確実性」です.リスクは,それが起きるか起きないかを決定的には予想できません.二つ目の側面は「経済的損失」です.リスクが顕在化した場合,経済的損失が発生します.これらを考慮すると,リスクとは,「許容範囲外の結果が起きる確率」と「その結果が招く経済的損失量」という二つの値に定量化して考えることができます.

 モノづくりにおいては,技術者が設計の欠陥や外乱要因に配慮したとしても,知識と情報の欠落,さらには評価の不確実性の問題に悩まされます.なぜならば,理論的解析や実験的解析だけでありとあらゆる問題を洗い出すことはできないからです.注意深いモノづくりを行ったとしても,仕様書に記述した機能を間違いなく実現する最適な方法を選択できているとは限りません.また,急速に変化する市況のもとで,その方法が今でも正しいのか,といった疑問が残ります.

 モノづくりには,技術的あるいは経済的など,さまざまな理由により不確実性が存在します.モノづくりはリスクを内包しているのです.モノづくりのリスクは,六つの基本要素に分類できます.この基本要素を把握していれば,不確実性を減少させる作業が可能となり,リスクに関する洞察力を高められます.

 

●モノづくりにおけるリスクの六つの基本要素

 以下に,モノづくりにおけるリスクの六つの基本要素について説明します.

1) 計画納期リスク
 計画納期リスクは,あらかじめ設定した納期を守れるかどうかに対する確率的な不確実性の度合いと,納期を守れなかった場合に被る経済的損失量を含んでいます.例えば,計画した納期を超えて大きな遅延が発生すると,その分,遺失利益(本来得られるはずだったのに,不具合などにより得られなかった利益)が大きくなります.

2) 計画コスト・リスク
 計画コスト・リスクとは,モノづくりの際に必要となるコストに対するリスクを表します.これは,あらかじめ設定した予算の範囲内で開発できるかどうかに対する不確実性の度合いと,予算範囲内で開発できなかった場合の経済的損失量を含んでいます.計画したコストを上回れば,その増加分だけ確実に経済的負担が大きくなります.その経済的負担額がリスクの経済的損失量に相当します.

3) 計画性能リスク
 計画性能リスクとは,仕様で規定した製品能力を実現したものを開発できるかどうかに対する不確実性の度合いと,計画した製品能力を実現できなかった場合の経済的損失量を含みます.規定した仕様を満たさないことが製品の競争力を低下させる場合は,遺失利益が生じてしまう可能性があります.この遺失利益の金額が経済的損失量に相当します.

4) 技術情報リスク
 技術情報リスクとは,仕様で規定した製品能力(性能)以外の技術情報に関するリスクです.提供される技術が,事前に入手していた技術情報と一致しているか,本当に実現可能な最適な方法を選択できているか,あるいは技術的な前提が急速に変化する市況のもとで,その選択が現在でも正しいのか,などの不確実性の度合いと,それらが顕在化したときの経済的損失量を含みます.特に,急速に技術が進展する環境に置かれる製品の場合,この不確実性が高くなります.技術情報リスクの顕在化が製品の競争力を低下させる場合,遺失利益が生じてしまう可能性があります.

5) 顧客視点価値リスク
 顧客視点価値リスクとは,顧客から見た製品価値と企業から見た製品価値が一致するかどうかに対する不確実性の度合いと,それが一致しない場合に生じる経済的損失量を含みます.製品価値を決める際に,企業と顧客では目線が異なります.その理由は,製品は企業が作り出しますが,製品の価値は顧客によって評価されるからです.例えば,企業の視点で規定した製品の投入時期や売値を実現し,かつ仕様で規定した性能を実現できたとしても,その企業から見た製品価値が顧客のそれと一致するとは限りません.むしろ,一致することの方がまれです.つまり,顧客と企業のそれぞれの製品価値の間には,ばらつきがあると考えられます.一般に,顧客視点価値リスクが顕在化して製品の販売量が低下した場合,遺失利益が生じる可能性があります.

6) ビジネス環境リスク
 一般に,政治的要因や経済情勢,雇用情勢,社会情勢といったさまざまな外部要因が,企業が計画策定していたビジネスに影響を及ぼします.このような外部要因によって生じるリスクがビジネス環境リスクです.ビジネス環境リスクが与える影響の度合いは常に不定なので,ビジネス自身が不確実性を持っていると言えます.ビジネス環境リスクは,このようなリスクが顕在化する確率的な不確実性の度合いと,顕在化したときの経済的損失量を含みます.ビジネス環境リスクが顕在化して製品の販売量が低下した場合,遺失利益が生じます.この遺失利益が,ビジネス環境リスクの経済的損失量に相当します.

 

●リスクの間の依存関係を把握する必要がある

 現実の世界では,上記の六つのリスクのうちのいくつかが顕在化したとしても,残りのリスクの顕在化は防ぐことができます.しかし,これらリスクのすべての顕在化を同時に防ぐことはとても困難です.そして,これらのリスクは独立に存在するわけではなく,それぞれの間に依存関係があります.

 例えば,個別のリスクだけに注目して対策をたてることは対症療法的な措置と言えます.しかし,このような対策を繰り返しても,モグラたたきの状態に陥ってしまします.トヨタの大量リコール問題は身の丈を超えた急成長が原因と言われていますが,抜本的な対策として,上記の六つのリスクを同時に考慮した原因療法的な措置が求められます.それぞれのリスクの関係を正しく把握することが,全体リスクの低減につながります.

 昨今のモノづくりでは,モノそのものだけでなく,その開発プロセスもまた複雑になってきています.競争が激しい環境でのモノづくりでは,市場への製品の投入時期,コスト,性能,調達する材料や技術情報,顧客視点の価値,ビジネス環境などに対する感度を上げることが求められます.さらにここで述べたとおり,それぞれのリスクの間には依存関係が存在します.直感を頼りにリスクを管理したり,つけ焼き刃的な対処を繰り返していると,問題の本質的な解決が難しくなっていきます.

 複数のリスクを同時に考慮した原因療法的措置とはどういったものかについては,別途議論したいと思います.

 

筆者プロフィール
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.
 

 

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