印刷や発電,記憶など,ナノテクの多彩な応用が集結 ―― nano tech 2010レポート
●分子レベルの電気コードを作る
NIMS(独立行政法人 物質・材料研究機構)の大規模な展示ブースも目立っていた.こちらはNEDOとは違って独立した研究組織であり,ナノテクノロジに関連した多数の研究テーマに取り組んでいる.その最新成果が紹介されていた.
分子レベルの電子回路実現を目指す分子エレクトロニクスの研究では,分子レベルで電気コードを作製する試みが興味深かった(写真11).導電性を有する分子構造の周囲を電気絶縁性を有する分子構造で囲んだ構造を単位分子とする.この単位分子を1方向に重合することで,極めて細長い電気ケーブル(中心部が導電性で,周辺部が絶縁性のポリマ)を作製してみせた.
この分子レベルの電気コードの直径はわずか1nm(ナノメートル;10のマイナス9乗メートル)しかない.試作した電気コードは1本ずつが完全に独立しており,フィルム化しても絶縁構造が壊れない.分子エレクトロニクスの基本素子として,将来が期待できる材料である.
ナノスケールの固体電気化学反応を利用した微小なスイッチの研究も目を引いた(写真12,写真13).消費電力の少ないスイッチの実現を目指している.スイッチ素子に適する材料を探索しており,金属硫化物のスイッチや金属酸化物のスイッチ,高分子のスイッチなどを試作した.
たとえば金属硫化物のスイッチでは,白金(Pt)電極と硫化銀(AgS)の間に1nm前後の微小なギャップを設けたスイッチを試作した.印加電圧の向きによってギャップに銀原子のブリッジが形成され,ギャップ抵抗が減少する.また,銅(Cu)電極と硫化銅(Cu2S),Ptの3層構造を形成して電圧を印加し,Cu2S層(厚さ10nm~30nm)の中に銅のフィラメント(細長い導電経路)を形成することで抵抗を下げるタイプのスイッチを試作した.
●フラーレン太陽電池を取り付けたバッグ
代表的なナノテクノロジ材料であるフラーレン(炭素原子による特殊な構造の化合物)の応用では,太陽電池を装着したバッグの展示が非常に面白かった(写真14).三菱商事の展示ブースで,同社と三菱化学の合弁企業であるフロンティアカーボンが展示していた.
肩掛けバッグの表面に太陽電池を貼り付けており,太陽電池の出力を2次電池に蓄えるしくみである.2次電池モジュールにはUSBコネクタが付属しており,USBコネクタを介して携帯電話機や携帯音楽プレーヤなどを充電できる.
太陽電池は,C60フラーレンの誘導体をn型半導体,有機導電ポリマをp型半導体とする構造である.印刷技術で太陽電池を製造できるため,大量に製造すれば,原理的には生産コストがシリコン太陽電池よりも低くなる.光電変換効率は2mm角のセルで6%~7%と高くはない.今後の改良が期待される.
このほか凸版印刷が,液晶ディスプレイのバックライト用シートを展示した(写真15).複数のレンズの機能を1枚のシートに集積してある.たとえば光を拡散する機能と光を集める機能の両方を備えたシートを開発した.従来は拡散シートやプリズム・シートなどの単機能シートを組み合わせて実現していた機能を,1枚のシートで実現できる.液晶バックライトの部品点数を削減できることになる.
展示ブースでは,シートのサンプルを置いてどのような成形がなされているかを来場者が光学顕微鏡で観察できるようにしていた.光学顕微鏡をのぞいたところ,微小なレンズがシート表面にランダムに配置してあるのを観察できた.
ふくだ・あきら
テクニカル・ライタ/アナリスト
http://d.hatena.ne.jp/affiliate_with/