デバイス古今東西(4) ―― 半導体設計の変革の歴史,EDAにみる設計技術のイノベーション(後編)

山本 靖

●EDAベンダの買収戦略

 1980年代の後半以降,EDA業界には独特の傾向が見て取れます.それは“早い者勝ち現象”ということです.製品がいったんマーケット・リーダの地位を得てしまえば,そのマーケットをほぼ独占してしまう現象です.1990年代は特にそれが顕著でした.最初に首位に立てば,次に大きな技術革新があるまで市場をリードすることができました.

 従ってEDA業界では従業員一人のアイデアでは,その分野の「市場のすべて」を確保可能であり,能力の高い技術者がEDAベンダにとって重要な資産となりました.こういった状況下で大手EDAベンダは,手っ取り早くベンチャ企業を買収し,「イノベーション」,「新商品」,「新技術」,「人財」を補完してきました.つまり,設計あるいは今では製造の問題を先取りし,ニーズの発生を予測してツールの開発に取り組むことが困難であるからこそ,そういった買収戦略が有効だったわけです.参考までに大手EDAベンダの1社である米国Synopsys社の買収の様子を図4に示します.企業買収を継続し,成長してきた歴史です.

 



図4 Synopsys社の買収の様子

 

 しかし,2000年代に入り株式市場の機関投資家を中心として,「EDAベンダ大手は買収を通じて成長する戦略に注力しすぎている」との批判が相次ぎました.EDAベンダ大手の優秀な従業員がその職を辞してベンチャを起業し,その後,そのベンチャをEDAベンダ大手に売却して退社することが一般的になったことが背景にあります.買収されるベンチャ側は,その従業員のキャピタル・ゲインのほかにキャリアのプレミアムが付加されるので大きなメリットがあります.一方,買収する側は買収額の多くをのれん代(買収された企業の時価評価純資産と買収価額との差額)として費用計上しなければなりません.なぜならば,買収されるベンチャに大きな資産がないからです.これは大きなコスト負担です.であれば,「そういった起業家を組織にとどまらせて,社内で新しいツールを開発させる方がEDAベンダ大手にとってより有益ではないのか」との意見が続出しました.機関投資家の目には,買収は軽蔑すべき行為と映ったようです.米国Cadence Design Systems社はこれにとても敏感に反応しました.

 EDAのユーザ企業であるIntel社から転身したMichael Fister氏がCadence社の社長兼CEOに就任してから,新しい方向への舵取りが行われました.その戦略の一つは,社内開発に軸足を移し,自社ツールの開発を通じた成長を志向しようとすることでした.もちろん買収戦略を完全に捨てたわけではありません.実際,同氏の在任期間中の2004年5月から2008年10月までに,6社前後の企業あるいは資産を買収しています.その買収総金額はUS$4.3億ほどでした.一方,その同期間中のシノプシス社は,12社ほどの企業を買収し,その買収総金額はUS$6.35億程度でした.Cadence社の買収総金額の7割以上は,当時すでに株式公開していたVerisity社の買収によるものだったので,未公開のベンチャの買収はSynopsys社より少なかったと言えます.

 さらにFister社長の着任以前の2003年の買収総金額は,Cadence社がUS$3.31億,Synopsys社がUS$2.52億でした.つまりCadence社は創業以来,とても買収戦略に積極的だったのです.しかしFister社長在任中のCadence社はSynopsys社と比較して,明らかに買収戦略が減速したと言えます.ちなみに2009年の第1四半期のSynopsys社は対前年同期比で売上高を4%増やした一方,Cadence社のそれは24%減少しています.
 
 

●さいごに

 本稿ではEDAにおける半導体設計の歴史を,半導体設計の「抽象性のレベル」と「EDAの買収戦略」という二つの切り口で,前編と後編に分けて振り返りました.EDAの技術と業界は半導体設計の変革に大きく貢献してきたと言えます.

 今後の展望としては,さらに上位の「抽象性のレベル」を取り扱い,技術革新というイノベーションを設計者にたゆまず提供することにあります.そして多発的EDAベンチャの創出も必要です.なぜならばEDA業界では歴史的に企業を買収することを通じてイノベーションを獲得し,企業を成長させてきたからです.

 

◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.
 

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