デバイス古今東西(4) ―― 半導体設計の変革の歴史,EDAにみる設計技術のイノベーション(前編)

山本 靖

 EDA(Electronics Design Automation)の技術は半導体設計の変革に大きな貢献をしてきました.本稿では,半導体設計の変革の歴史を振り返ります.前編では,EDAにおける半導体設計の「抽象性のレベル」を扱います.設計者が直面する設計の抽象度を上げていくことで設計の生産性を向上させてきました.

●EDAにおける半導体設計の「抽象性のレベル」

 今日の情報技術が進展している社会の中で,私たちは多くの複雑きわまりないことに直面し,そして簡単に打ちひしがれ,途方に暮れてしまうことがあります.そういった事態に対処する方策の一つは,そのとき直面する情報の量を制限することです.つまり1本1本の木々を見るのでなく,森林全体を見渡すことで解決の糸口が見えてきます.

 半導体設計もその例外ではありません.大規模化・複雑化している半導体の設計を具体的に行う,または検証するならば,あるいはその性能を評価するならば,設計者の観測する視点のレベルが重要となります.つまり,設計者にとって適当と考えられる抽象性のレベルを拠りどころに作業することです.その抽象性のレベルとは,そのときに必要な本質的な情報だけをつかみ,しかも設計者に不必要な情報を与えて困惑させないレベルのことです.

 図1は,ディジタル・システムの「抽象性のレベル」を6段階に分類したものです.最上位のレベルのアーキテクチャは設計思想です.抽象性の度合いが低下するにつれて,チップ・レベル,RTL(レジスタ・トランスファ・レベル),ゲート・レベル,トランジスタ・レベル,シリコン・レベルへと展開されます.最下位のシリコン・レベルは具現化される(半導体マスクの)設計情報であり,半導体設計という問題の最終解でもあります.

 抽象性のレベルは,構造的見地から見た表現で示すことができます.図2は,各レベルのそれぞれの代表的な表示例です.もちろん機能的見地からも説明できます.表1に構造的な基本要素と機能的表現という見地から各レベルを分類しておきます.ちなみに下階層のシリコン・レベルの基本要素は,シリコン表面上の拡散面やポリシリコン,メタルを表した幾何学的形状です.これらを相互に接続することで半導体を構築します.1960年代には,こうした構造的な表現を積み重ねることによって初期の半導体が作られました.すなわち,初期の半導体の設計は,紙,鉛筆,そして手によるマニュアル作業でした.

図1 ディジタル・システムの抽象性のレベル

 


図2 各レベルの表示例

 


表1 各レベルの構造的,機能的分類


 

●設計の変革と生産性向上

 1970年代後半には,接続情報およびトランジスタのゲート長やゲート幅といったパラメータ情報を受け取り,自動的に幾何学的・物理的レイアウトを生成するツールが提供されるようになりました.このツールにより,セルの配置忘れや接続のミス,結線忘れ,およびパラメータの指定ミスといった属人的エラーを設計段階で未然に防ぐことができ,設計期間を大幅に短縮することが可能となりました.

 1980年代には,設計者が注視するレベルがゲート・レベルに移りました.ゲート・レベルの設計では,ブール代数で代表される要素回路を相互に接続することによって,組み合わせ回路や順序回路を形成します.CAD(Computer Aided Design)ツールとCAE(Computer Aided Engineering)ツールがディジタル設計では一般的な道具となります.1980年代末には,VHDLやVerilog HDLなどの業界標準のハードウェア記述言語と,論理合成ツールと呼ばれる画期的なソフトウェアが登場しました.ハードウェア記述言語はコンピュータ言語そのものですから,CADツールで設計していた文化を100%ひっくり返すほどの転機となりました.つまり,図面設計のエンジニアがソフトウェア・ライクなエンジニアに転身しなければならないほど強い変革を促す状況だったのです.そして論理合成ツールはRTL(レジスタ・トランスファ・レベル)という記述を入力とすることで,設計の生産性を飛躍的に向上させました.

 1989年にIntel社は80486というマイクロプロセッサを出荷しました.一方,同時期にMotorola社は68040の出荷を公表しました.しかしMotorola社は1991年までこのプロセッサを量産品として出荷することができませんでした.その理由の一つは,Motorola社がこの120万トランジスタ相当のプロセッサのゲート・レベルの設計に執着し,設計と検証の工程に大幅な時間を費やしてしまったため,と言われています.当時,Intel社はすでにハードウェア記述言語と社内製論理合成ツールで設計の生産性と品質の向上に努めていました.ここで将来の命運が決まってしまったのかもしれません.


●EDAの役割と特質

 1970年代以降のEDAは,先に述べた抽象性のレベルの設計解を導出するために,どの上流工程のレベルからどのように設計するのか,ということを模索する歴史でした.EDAベンダから提供されたイノベーション,すなわち革新的なCADツールやCAEツールの登場で,ハードウェア設計者は単純作業や計算作業から解放され,設計本来の付加価値創造の作業に集中できる環境が実現しました.電子機器・半導体集積回路の製品開発の時間やコストは削減され,設計者への無用なストレスも低減しました.EDAはエレクトロニクス・メーカの設計戦略を考える場合の重要な要素技術の一つであり,製品の開発力,市場での競争力を生み出すための不可欠な存在となっています.

 EDA業界は半導体業界のシリコン・サイクルの影響を受けにくいと言われています.例えば,半導体業界にとって好景気の年であった1995年や2000年は,EDA業界にとって特筆すべき年ではありませんでした.半導体業界にとってシリコン・サイクルのボトムの1996年は,逆にEDA業界にとって年次ベースで大きな成長率を記録しました.これは,半導体が好調であるときには半導体メーカは研究開発費への投資や増産のための設備投資を行い,反面不調なときはそれらの投資を控えて調整することに起因していると考えられます. 

 また,EDAは独特のニッチなコミュニティを形成しています.コミュニティの中では人材の流動性が激しいのですが,半導体メーカとの間の人材の行き来はそれほど多くはありません.半導体とは異なる知識が要求されることと,EDAベンダの多くが企業寿命が短い傾向にあることが,その理由と考えられます.EDAベンダの大きな特徴として,製造コストが基本的にほぼ固定されており,売り上げが増えても変動費が増えない点が挙げられます.つまり,収益逓増のビジネスが可能なのです.しかし技術変革が進まなくなるとすぐに競合企業に逆転され,急激な売り上げの低下を招きます.これは,EDAが半導体事業ではなくソフトウェア事業であるがゆえの特徴です.

(後編へ続く)

◆筆者プロフィール◆山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒, 博士(学術)早稲田大学院.

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