誰もがみんな物を作ることが楽しいと思っているんだ ―― 『Making Things Talk -Arduinoで作る「会話」するモノたち』
誰もがみんな物を作ることが楽しいと思っているんだ
小林 茂監訳/水原 文翻訳
オライリージャパン
ISBN-10: 4873113849
ISBN-13: 978-4873113845
456ページ
3,800円(税別)
2008年11月
Amazon.co.jpで購入
最近流行のキーワードである「フィジカル・コンピューティング」とは,むき出しのCPUとI/Oを搭載したオープンなハードウェアにセンサやモータを取り付け,習得しやすいプログラム言語を使って動かすことにより,物理的なつながりを実感できる学習工作(遊び)のことです.
代表的な例としては,今回紹介する本で取り上げられているArduinoや,Gainarなどが挙げられます.これが今,「電子工作は楽しい」ということで注目を集めています.
平たく言えば,昔は電子ブロック,最近ではLEGO MINDSTORMS NXTなどと同じで,「楽しく遊びながら物を作るという喜びと技術学習を行いましょう」というトレンドが,ついにはんだ付けのレベルにまで落ちてきたということだと捉えてもよいかもしれません.
今では何を作るにも制御にはマイコンが不可欠でプログラムを作ろうとすると,それはそれで苦労します.その苦労を簡易な環境を提供することによって軽減し,ハードウェアに目を向けてもらおうという試みであるとも言えるでしょう.
ちょっと脱線しますが,「最近の若者は物作りに興味が無くなった」とか言われるのですが,それは全くの嘘だとしか思えません.
システムを作るという発想にみんなが興味を示すということに関しては,フィジカル・コンピューティングの前にLEGO MINDSTORMSが成功していることでも明らかです.電子ブロックを復刻してみたら,信じられないほどに売れたという現象は,今では大人になってしまった人たちが,子供のころに電子ブロックで何かを作ることが楽しかったと感じていたということを示しています.
また,マニアックな世界になると,ロボット・バトルなどの大会が行われるようになり,二足歩行のロボットを一から作り上げて戦わせることを趣味にしている人もいます.
また,ソフトウェアの世界では,若い人たちがこぞって十分に面白いプロダクトを作り上げています.
電気・電子以外のジャンルでは,ガレージ・キットなどのフィギュアをフルスクラッチで作ったり,ジオラマを作っています.「堕落した若者」の代表として認識されている感もあるアキバ系と言われる人たちでさえ,コスプレの衣装や小物を自分で作っています.
だいたい,物を作り上げることが楽しくなければ,ガンプラやディアゴスティーニのキットが売れている現象を説明できないでしょう.そうでなければ,みんな既製品を買うはずなんですから.
結論としては,やっぱりみんな,物を作り上げることは楽しいと感じるのです.
つまり,「若い人が物作りに興味が無くなったのではなく,企業の中では面白い物作りができなくなっているように思える」ために志望者が少なくなっているだけだと考えることはできないでしょうか.
現在,一つ一つの製品が複雑化しています.どうしても分業体制になり,大勢で協力して作り上げなければなりません.その現場でプロジェクト管理だの,レビューなどと「物を作る」こととは直接関係のない「マネージメント」という手続きが入ってしまうので,「自分はいったい何をしているんだ?」と退屈に感じられる世界に見えてしまっているのではないでしょうか.
そういう意味では,趣味の世界であれ,物作りの楽しみを推進する試みは有益なことだと思います.
本書は,Arduinoを用いて実現できる応用例を数多く,しかも懇切丁寧に説明しています.
マウスの代用品を作る,GPS(Global Positioning System)信号を受信する,インターネットに接続する,Webカムで2次元バーコードを読み取るなど,いたれりつくせりの例題集です.どれも簡単なはんだ付けかブレッド・ボード上での配線で実現でき,ソフトウェアを書くだけで済むことが分かります.
何であろうとも,やってみれば意外と簡単で,しかも楽しいのです.
昔は,オーディオや無線機などは自分で作るのが当たり前のような世界がありました.今でも「無いから作る」,「作った方が楽しいから作る」という欲望は,みんなが持っているのです.ただ,マイコンの世界などは高性能CPUにFPGA,巨大なソフトウェアという個人の手には負えないものになってしまっているので,簡単には手を出せないだけでしょう.
ですから,ここでいったんハードウェアをシンプルにし,リッチなソフトウェア環境を提供することで敷居を下げるというのは,まさに逆転の発想であり,単体で機能する組み込みシステムを作り上げることのおもしろさを啓蒙するものとして,評者はこのトレンドを歓迎しています.