ヘッド・ハンターの視点(5) ――求人スペックの重み
筆者は,人材紹介(いわゆるヘッド・ハンティング)のしごとに従事しています.昨年(2003年)末からディジタル家電業界のみならず,産業界全体の景気が回復し,多くの企業が活発な求人活動を展開しています.求める人材に出会えるまで,各社は時間をかけて探しており,採用実績は着実に増えています.妥協せず,ねらいの人材を採用できるまで,経営者や人事担当者の方はたいへん忙しくされています.今後数ヵ月はこうした状態が続くことでしょう.
今回は,筆者が最近訪問した2社を例に,企業から提示される「求人スペック」について考えてみたいと思います.企業が求める人材を理解するために,転職希望者がチェックするのが求人スペックです.会社概要や製品案内と並んで,自分の経験・スキルと照らし合わせて応募の可否を決める重要な情報です.ただし,転職希望者がその企業の求める人材を知るには,開示されている情報がまだまだ少ないと筆者は感じています.
●社長の一存で決まるアナログ型,スペック重視のディジタル型
A社は日本の大手の半導体販売会社で,社員数は200名近く.業績好調で,今春5,6名の営業・技術の増強計画を持っていました.ところが候補者が見つからないとのことで,知人から筆者のところへ照会がありました.営業担当役員の方から経営状況や会社の強み・弱みをうかがって,その後,人事部長にあいさつに行きました.ところが,人事から提示された求人スペックはありきたりで,A社が希望している人材をよく理解できません.
筆者が知りたいのは職務内容と組織の詳細です.職務の詳細や構成員の年齢層を聞けば,「なぜ年齢上限が38才なのか」,「なぜチームワーク重視なのか」といった理由がわかります.「営業担当者にはどの程度の技術力が必要なのか」,「技術者はどの分野の専門家でなければならないのか」など,職務ごとに経験・スキルを整理してからスカウトに出かけるのです.
まず,1人目の候補者は,経歴書の書類選考は無事パス,続いて1次面接もパスしました(スムーズに事が運ぶときほど落とし穴がある).ここまでは,求人スペックに合っているかどうかの確認が中心でした.人物評価については,社長がすべての権限を握っています.さすがに社長の面接は的を得ており,本人の希望するキャリア・パスをこの会社で実現できるかどうかに質問が集中しました.そして,筆者の詰めが甘かったこともあり,残念ながら採用は見送りとなってしまいました.
この社長のめがねにかなう人物を探さなくてはならないのですが,なるほど,この要求を的確に求人スペックに記述するのはたいへん難しい.スペックを満たす人物を求めて再度スカウトに出かけ,2ヵ月かけてやっと2人目の候補者が見つかり,現在,面接待ちの状態です.筆者の作業は4ヵ月目に入っています.A社のように,社長の目で人物を見極めることを重視する「アナログ型」の会社はけっこうあります.
一方,B社は外資系の半導体関連企業の日本法人で,社員数は20数名です.知人から採用を急ぎたい会社があると聞いて訪問しました.社長や技術部門長,採用担当者と1時間の面談を行いました.求人スペックには職務内容の詳細と経歴・スキルについて"must"と"want"が各6項目ずつ明確に書かれていました.「この求人スペックのすべてを満たし,転職を考えられている候補者の方はほとんどいません」と筆者が率直に述べたところ,「3ヵ月で10名近くに会ったが,採用には至らなかった」とのこと.しかし,求人スペックを緩めることはできません.筆者も候補者を1人見つけるのに2ヵ月もかかってしまいました.
書類審査の後,1次面接が行われました.候補者の方の経験してきたしごとの内容や成果を中心に話が進み,しごとに対する考えかたと今後の希望を話して1次面接はパスです.社長面接は職務についての話はいっさいなく,人物確認の質問が30分ほどで終了しました.B社は,求人スペック重視の「ディジタル型」と言えます.
●企業が情報開示の努力を行わないと,良い人材は集まらない
この二つの会社の違いは,日本企業・外資系企業の差,会社の規模の差もありますが,もっとも重要なことは採用決定権をどの職位の人が持っているかだと思います.部門長が決定権を持つ場合は,求める人材のスペックがより詳しく示される傾向にあります.社長や人事担当者が決定権を持つ場合は,求人スペックがあいまいになりがちです.また,人事担当者には「経歴書をもらえれば審査する」といった"選ぶ側の態度"が見え隠れします.企業が,積極的に情報開示の努力を行えば,もっと良い人材が集まるように感じます.
求人スペックを満たせばだれでも良いわけではないはずなのに,アナログ型の企業で今もっとも人気があるのは「ディジタル家電のわかる人材」です.果たしてこのことばは求人スペックと言えるのでしょうか? もっと企業が求人についての情報をきちんと整理して開示する姿勢が出てくれば,転職を考える人がもっと増えるのではないかと思います.
(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2004年7月号に掲載されました)
◆筆者プロフィール◆
米焼酎(ペンネーム).30年前,F- 8,8080,Z-80マイコンと出会い,半導体業界にあこがれて二つの外資系半導体メーカを経験.今は,人材コンサルタントの修行中.話をするのが好きで,焼酎があるとお尻に根が張って何時までも飲む癖がある.
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