ベンチャ・キャピタリストの視点(1) ――ベンチャ企業と大企業の関係に大きな異変

佐藤 亘

tag: 組み込み 半導体

コラム 2003年11月17日

 筆者がベンチャ・キャピタルに身を転じてから,5年が経過しようとしています.その間,多少の波はあったものの,日本のベンチャ・ビジネスを巡る環境は,ほぼ一貫して良くなってきていると思います.今回は,その中でも影響が大きいと思われる,ベンチャ企業と大企業の関係の変化について取り上げます.

●大企業が「待ち」から「攻め」へ

 資金・営業力が限られるベンチャ企業の場合,得意分野に会社の資源を集中せざるを得ず,単独ではエンド・ユーザに商品を提供できないケースがほとんどです.そこで取引先や知人,友人などのルートを使って大企業と接触し,提携を模索することになります.

 しかし,かつては国内のベンチャ企業に大企業が興味を示すことは少なく,かりに興味を示したとしても意思決定に時間がかかったりと,ベンチャ企業にとってつらい状況でした.筆者らベンチャ・キャピタルも,投資先企業の「この会社に売り込みをかけたい」という希望を聞いて仲介し,何とか提携にこぎ着けようと助力していました.とにかく,ベンチャ企業側からのアクションで大企業に接触し,提携に向けて奮闘するケースが圧倒的多数だったのです.

 ところが,今年度(2003年4月以降)に入ってから,大企業の側から,「何か良い技術を持った会社,おもしろい会社はありませんか?」というアプローチが立て続けに何件もあり,その状況は現在も続いています.中には,「○○という理由で,△△の会社を探している」というように,明確な戦略に基づいて動いている会社もあります.動きかたは各社各様ですが,皆,企業買収まで視野に入れて活動しています.

 このような動きになった理由の一つは,近年の厳しいリストラにめどはつけたものの,既存事業や自社資源だけに頼っていてはジリ貧になるだけだ,という危機感があるからでしょう.いずれにせよ,大企業が「待ち」の姿勢から「攻め」の姿勢に転換してきており,ベンチャ企業にとって提携先を見つけやすい環境になってきたことは確かです.

●約2ヵ月でスピード買収合意

 具体例を挙げましょう.2003年5月に,ある企業(日本の伝統的(?)大企業)の事業開発部から,「(特定分野の)システム・インテグレータの会社で,キャッシュ・フロー(資金繰り)がプラスの会社ならば,積極的に買収していきたい」との話がありました.そこで,事業として立ち上がったけれども,成長スピードが緩く,さらなる成長を目ざすには抜本的な手を打つ必要があった投資先のA社に話をもちかけました.A社と筆者らは慎重に検討した結果,大企業の傘下に入ったほうがメリットが大きいと判断し,交渉のテーブルに着きました.買収の基本合意が終わったのは8月で,2ヵ月も経過しておらず,今までの大企業とは思えない"スピード決定"でした.この企業のように,スピード決定できるしくみまで整えて国内のベンチャ企業を利用しようとする大企業が,今後増えてくると思います.

 では,こうした大企業の姿勢の変化はベンチャ・ビジネスにどのような影響を及ぼすのでしょうか.まず,ベンチャ・キャピタルへの影響は,株式公開以外の「ゴール」(=会社の売却)が本格的に開けてきたことです.売却の可能性が高まることで,より大きなリスクを取りやすい環境になりつつあります.

 そして,ベンチャ企業への影響は,自社に足りない部分を大企業のリソースで補完することが容易になったことです.うまく補完できれば,成長のスピードをさらに加速させることになるでしょう.

●長期にわたる信頼関係の構築を

 最後に,ベンチャ企業側の留意点を述べておきます.まずは「値決め」の問題です.物品購入だろうと資本提携だろうと,大企業も商売を行っているわけですから,最終的に自分たちのメリットに見合う値段をシビアに計算してきます.技術に自信があるベンチャ企業ほど,「大企業だから,この程度の金額はどうってことないはずだ」と,通常価格より相当高い額を提示しがちです.気持ちはよくわかるのですが,一時的に利益を上げることができても,長期にわたって信頼関係を維持し,取引が拡大していくとは思えません.適正な金額を提示していくことが,長期的には自分たちのためになります.

 また,情報開示には注意すべきです.大企業は,その分野の情報収集を行うために,提携をにおわせながら動くケースもあります.単なる情報収集目的から提携に至ることも多いので,神経質になりすぎてはいけませんが,ベンチャ企業側,そしてベンチャ・キャピタルにとっても,どの程度の情報を大企業に開示すべきなのか,そのつど判断していく必要があるでしょう.

 上記の2点は難しい問題ですが,商売の基本は信用であり,お互いの信用を高めていくにはどうすればよいかを考えていけば,おのずと答えは出るはずです.ベンチャ企業も大企業も,お互いをうまく利用し,補完し合って,商売繁盛につなげてもらえれば,と思います.

(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2003年11月号に掲載されました)


◆筆者プロフィール◆
佐藤亘(さとうわたる).大学(工学部金属加工学科)卒業後,大手半導体メーカを経て,1999年に日本ベンチャーキャピタル入社.御意見,ご感想はwsato@nvcc.co.jpまでお願いします.

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