企画・開発に行き詰まったときのヒント(2) ――目的を変えて不ぐあい点を活用する

飯田 清人

tag: 組み込み 半導体 実装

コラム 2002年11月26日

 一つのねらいを持った技術開発の過程で意外な結果や不都合な結果が出たとき,それらを簡単に捨ててしまうのはどうかと思います.むしろそれを新しい創造の芽であると考えて,別の観点からその現象を活用することを考えてみてはいかがでしょうか.開発のターゲットを臨機応変に変える心の余裕と柔軟な思考が新しい創造を生み出すこともあります.

●不ぐあいから生まれた半導体不揮発性メモリ

 現在,メモリ・デバイスなどに使われているMOS電界効果トランジスタは,1960年に米国AT&T Bell 研究所のD.カーンらによって発明されました.しかし当時はその電気的特性が非常に不安定だったため,なかなか実用化できませんでした.この不ぐあい点の原因究明とその対策のための技術開発の過程で,1967年に米国RCA社のJ.ウォルマークが「MNOSメモリ」を発明しました.

 MNOSメモリは,通常のMOS電界効果トランジスタのシリコン酸化膜上に,さらにもう一つの絶縁膜であるシリコン窒化膜を形成した半導体デバイスです.つまり,金属(M)-シリコン窒化膜(N)-シリコン酸化膜(O)-シリコン(S)の構造をとり,2層の絶縁膜を有していました.このMNOSメモリが,実は半導体不揮発性メモリの最初のデバイスだったのです.

 当時のMOS構造の電気的不安定性とは,以下のようなものでした.
1)デバイスの動作特性が電圧印加により変動してしまう
2)ゲート電圧の極性を変えるとヒステリシス現象が発生し,これがなかなか消滅しない

 MOSデバイスを実用化するための技術開発の方向は,こういった現象の原因究明とそれをなくすための対策に集中していました.その後,さまざまな研究の結果,これらの電気的不安定性の原因は主としてNa(ナトリウム)などの可動イオンによるドリフト現象であり,さらにはまた,絶縁膜中へ電子がトラップされることによって,ヒステリシス現象が生じていることがわかりました.

 一方,J.ウォールマークはMOSデバイスで起こる電気的な不安定性現象を忌み嫌うべき悪い現象であるとは考えず,すなおにそれを自然の物理現象であると認識しました.つまり不ぐあい点であると考えられていることを逆に活用して,新しい種類の半導体デバイスを創ろうと発想したわけです.

●不ぐあい点を簡単に捨ててはいけない

 わたしたちが何かの目的を持って行動しているとき,その目的に合わないものが出てくると,一般にそれを排除し,捨ててしまおうとする心が働くものです.しかしそれは先入観であったり,固定観念であると考えられます.一つのねらいを持った技術開発の過程で意外な結果や不都合な結果が出たとき,それを簡単に捨てるべきではありません.むしろそれを新しい視点ととらえて,別の観点からそれを活用しようと考えることも必要です.もしかしたらその不ぐあい点こそが,別の新しい創造の芽かもしれないのです.

 上述の例は,確かに従来の目的とするMOSデバイスにとってはつごうが悪い現象であったのかもしれません.しかしその不ぐあい現象を理論的に解明して,その状態を安定的に作り出すことができれば,むしろそれは目的を変えた新しい創造になります.

 ウォルマークの考えは,「絶縁膜中への電子のトラップ現象を活用して,新しいメモリ・デバイスを実現する」というものであり,電子が絶縁膜中にトラップされているか否かによって'0'と'1'を判定しようというものでした.この場合,電子をトラップする井戸の位置は二つの絶縁膜の界面またはシリコン窒化膜中に存在すると考えられています.

 このように電子がトラップ井戸に捕えられて動きにくいため,半導体不揮発性メモリを作ることができたわけですが,こういった理論や原理がわかってくると,今度はこの観点を押し進めることによって,さらに新しいものが誕生します.この場合,トラップ井戸が深いほどメモリ記憶の保持特性が良いと考えられます.メモリ記憶をより永続的なものにするため,「井戸の深い材料と構造を探せ」という次の目標が得られます.実際にそういった観点からさまざまな研究が進み,その後,次々に新しい半導体不揮発性メモリが生まれてきたのです.

 目的とは異なる結果をうまく活用しようという「逆転の発想」を実践できるかどうかは,技術開発の過程で意外な結果が出たときに,臨機応変に開発ターゲットを変えられるかどうかにかかっています.少なくとも,硬直化した技術開発体制からは,こういった新しい創造は生まれてこないと考えられます.

(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2002年8月号に掲載されました)


◆筆者プロフィール◆
飯田清人(いいだ・きよと).NECにて半導体の研究,開発,生産技術,工場運営などに従事.現在,NECファクトリエンジニアリングのコンサルティング・シニアマネージャとして各社の経営刷新,生産性向上,創造力開発などを指導.東京工科大学工学部講師,工学博士.

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