お部屋探しとシステムLSI(5) ――カエルと多重通信
魚屋さんからもらってきたトロ箱が庭に置いてある.中に土が入っており,ニラや水仙が生えている.箱の下をそーっとのぞいてみると,若いカエルやトカゲが平べったくなって冬眠中.冬眠場所を発見できなかった経験不足のカエルなのか? はたまたトロ箱の下は競争率が高いのだろうか? トロ箱は発泡スチロールでできているので暖かい.猫も空っぽのトロ箱にすっぽりと納まって,落ち葉を踏んでもの音をたてると耳だけこちらに向ける.それにしても冬は寒い.
カエルは今から30年前に近所の池から連れてきたオタマジャクシの子孫.そのころ庭に虫が多かったため,カエルが来れば食べてくれるのでは? と思って連れてきた.
カエル放し飼い計画は次のように進行した.まずは親の許可.これはまったく問題がなかった.ただし,できればアマガエルとのリクエスト.カエルには水が必要なので池を作らなくてはいけない.小学生には予算がない.自力で考えたのか親が助言したのかおぼえていないが,穴を掘ってビニール・ハウス用のビニールを2枚重ね,石で押さえて小さい池を作った.
次はカエルの研究.後でわかったことだが,ガマガエルは自分が巣立った池への経路情報を土のにおいで記憶しているらしく,大人のカエルを連れてきても春先に故郷の池を探して旅に出てしまう.定住してもらうのが難しい.アマガエルは流れのある比較的きれいな水が好き.木に登るのも好きで,保護色で柿の木の葉っぱになりきっている.しかし,朝になると鳥に見つかってしまう.早起きして熊手で木からカエルをバサバサと落としたが,限界を感じる.
驚いたのは鳴き声の音圧.あの小さい体からどうやって? というほどの大きな声で鳴く.同じ大きさのスピーカからはとうてい出せない音で.遠くの家の人には風情のある鳴き声だが,近所は迷惑.
試行錯誤の末,ガマガエルのオタマジャクシを連れてくることで定住化にこぎつけた.ガマガエルは,悟り澄ましたお坊さんのような沈黙のカエル.早春のまだ寒いころにお祭り騒ぎをするときだけ「コッコッコッ」とちょっとだけ鳴く.
* * *
当然のことだが,カエルはほかの個体とのコミュニケーションのために鳴いている.カエルは,カエルやほかの動物,昆虫の3次元的な鳴き声の洪水の中で,同種のカエルに対していかに自分の声を届かせるかという能力を進化させてきた.コミュニケーションに使える媒体は音,および地表や木の振動.限られた帯域を,音色,周波数,タイミングを制御して伝達や識別を行うという.
時間軸方向は,相手との間合いを測るのに重要である.カエルは種類によっていろいろな鳴きかたをするが,ある種のカエルが
ケ・・・ケ・・・ケ・・・
と鳴いているとすると,近くにいる同種の別のカエルは
ヶ・け・ヶ・け・ヶ・け・
と,ほかの個体と重ならないように空きスロットに声を乗せる.いわゆるTDMA(時分割多重接続)方式だ.バリ島の民族芸能であるケチャは,そういったカエルの鳴きかたの重なりをまねている.人工的に作り出した,ランダムに空きスロットのあるカエルの鳴き声にも正確に声を合わせられるという研究報告もある.
周波数軸方向については,体の大きさによって鳴き声の音の高さが異なる.これはFDMA(周波数分割多重接続)方式.必ずしも周波数と時間をきっちり分け合うことはできないので,声が重なってしまっても平気なように,音色と特定の周期の鳴きかたにマッチするような聞き取りもできるらしい.この能力はCDMA(符号分割多重接続)? これは雑踏の中で知っている人の声を選択的に聞き取るための能力として人間にも備わっている.
携帯電話の通信方式も,周波数帯域の有効利用のため,新しい方式が検討されているが,カエルから何か学べないであろうか?
第5世代は「カエル方式電話」.
カエル方式を使えば,卓越したリズム感覚と応答能力による動的なスロット・タイミング制御と動的スロット・サイズが実現されるだろう.受信・対ノイズ性能も向上する.しかし,そのままではフル・パワーで鳴こうとするため,近所迷惑.パワー・コントロールが必要である.
(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2002年3月号に掲載されました)
◆筆者プロフィール◆
さめしま・まさひろ.高速ディジタル回路のコンサルティングやEDAツール関係のしごとに従事.