ロボットは,人間と機械のインターフェースとなるのか? ――『ロボット21世紀』
ロボットは,人間と機械のインターフェースとなるのか?
瀬名秀明 著
文藝春秋 刊(文春新書)
ISBN4-16-66-179-2
新書判
320ページ
860円(税別)
2001年7月
題名の通り,本書は,日本において何度目かの盛り上がりを見せているロボット開発の現状報告と,その後にある背景を考察した書籍である.初心者からエンジニアまで,日本のロボット開発の実状や到達点を知るためには最適な本だと言えるかもしれない.
本書では,小説家でもある著者が,丁寧な取材を通してロボットを作り出している人々の考え方,文化的土壌,今後のアプリケーションへの考察などを行っている.本書が一冊できあがるまでにいったい何人の人と会ったのか,いったい何キロの距離を移動したのか,著者の好奇心と几帳面さには正直驚かされる.
『なぜ,日本人はこんなにロボットが好きなのか?』
著者が本書を執筆した目的の一つは,この一言に集約される.ロボット産業では,日本が突き抜けて盛んであるのは,だれもが知っている事実だろう.また,研究者の数も多い.そして製品化されているロボットの数も多い.P2やAIBOが公開されたときのショックは,いまだ記憶に新しい.そして,毎年の暮れに放送される「ロボット・コンテスト」を見ている人も多いことだろう.
さて,このように世界の中でも特にロボットに対する関心が強く,同時にロボット産業も世界最先端を進む日本なのだが,その根元には手塚治虫の「鉄腕アトム」が影響を与えているという俗説がもっとも一般的である.果たして本当にそうなのだろうか.著者は,この俗説=神話を確かめるため,各研究者に同じ質問をし,同時に神話の作り手=フィクションの作者にもインタビューを試みているのだが,答はイエスでもあるし,ノーでもあるという結論に達している.現実はそんなに単純なものではなく,日本人の文化観などが複雑に絡み合って「ロボット好き」になっているという結論を導き出している.著者は小説家であると同時に科学者でもあるため,取材して集めたデータから考察し,結論を導き出す姿勢には説得力がある.
そんな日本ではぐくまれ,成長しつつあるロボット産業なのだが,現在世界の先端を行っているからといって,これからもずっと安泰かというと,どうやらそうでもないらしい.ロボットのハードウェアを作ることには長けているが,やはりソフトの面で抜かれる危険性が高いとのことである.コンピュータの世界で起きたことがそのまま繰り返される可能性があるのだ.同じことを繰り返さぬことを願って止まない.
『西暦2050年までに,サッカーの世界チャンピオン・チームに勝てる,自律型ロボットのチームを作る』というのが,ロボカップ(ロボットによるサッカー・コンテスト)のランドマークなのだそうだが,この目標が達成できるほどの発展を願って止まない.夢のような話かもしれないが,現に人口知能の分野では,チェスの世界チャンピオンに勝っているのだから....
ところで,話は変わるが,センシング→データ処理→アクチュエータ→機械部分の動作という構造を見る限り,「メカトロニクス」と「ロボティックス」に違いは見られない.しかし,メカトロニクスとロボティックスには,大きな隔たりがある.それは,ロボティックスが「認知工学」や「心理工学」を取り入れているという点である.人間と機械とのインターフェースとして,限りなく人間側に近い存在を作り出そうとする学問――それがロボティックスなのだと,評者は感じた.
また,本書の発行と時期を同じくして,これからのロボット産業が,社会や経済に対してどのような影響を与えていくのか,その点を主眼に取材した「ロボットだって恋をする」(築地達郎+京都経済新聞社取材班,中公新書ラクレ)も発行されている.同じ題材を扱いながらも,違う視点で考察しているので,両方読んでみると興味が増すことだろう.
大野典宏
組み込みネット 編集部