封印されたCPUを蘇らせる書 ―― 『忘れ去られたCPU黒歴史』

福田 昭

tag: 組み込み 半導体

書評 2012年7月30日

 

 

『忘れ去られたCPU黒歴史』
大原 雄介 著
アスキー・メディアワークス
ISBN:978-4-04-886771-9
135ページ
2012年7月10日初版発行
価格:1,400円(税別)
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 「黒歴史」とは,最近になってよく使われ始めた用語です.史実なのですが,歴史をひもとくと存在そのものが消されており,そんなものは存在しなかったかのように扱われている事象を意味するようです.そういった「消された事実」や「封印された事実」は,どの世界にもあることで,製造業と非製造業の両方に,公的と私的の両方に普遍的に存在します.今この文章を読んでいる皆さんにも「思い出したくない」,「なかったことにしたい」,恥ずかしい過去があるに違いありません.それが「黒歴史」です.

 製造業の開発史における「黒歴史」は個人の記憶とは違い,開発企業が失敗作を封印してしまい,外部から見えないようにしておくことが少なくありません.半導体チップの代表であるCPUでも同じです.CPUの世界だけでも数多くの失敗作があり,すべてを白日のもとにさらけ出すことは困難でしょう.

 本書は,この困難な作業に挑んだ希有の書です.CPUアーキテクチャの中でも最も普及したx86アーキテクチャに対象を絞り,開発企業であるIntel社から7品種,AMD社から5品種の「黒歴史」入りしたCPUを取り上げています.世界最大の半導体メーカであるIntel社も,数多くの失敗作を生み出してきたことが分かります.

 もちろんどのCPUも至ってまじめに開発されたものであり,開発チームは成功を期待したはずです.それがなぜ,失敗作になったのか.本書の真髄は,その道程を丹念に追っていったところにあります.「黒歴史」化した半導体チップの詳細は,半導体メーカの公式なホームページを探っても見つからないことが少なくありません.想像するだけで気の遠くなるような作業を根気強く続けたであろう著者の努力を考えると,本当に頭が下がります.

 本書で取り上げられたCPUの中で,どの失敗作が最も興味深いかは,読者によって相当に違ってくるでしょう.読者がエンジニアとして経験してきた環境の違いが,興味の違いに反映するように思えるからです.1990年代と2000年代のx86系CPUに興味をお持ちだった方であれば,心に響く「失敗作」が本書には必ず存在します.

 本書はWebサイト「ASCII.jp」の連載記事をまとめたものです.このため,Webサイトではカラー図版だったのが書籍ではモノクロ図版になっているなど,やや読みにくい個所があります.それでも,こうやってまとめて読める書籍になったことの意義は小さくありません.また,書き下ろしとしてMotorolaのRISC CPU「MC88000」の項目が収められています.「88K」こと「MC88000」の開発史が読める書籍は,おそらく本書だけでしょう.

 本書で取り上げた数々の失敗作ですが,その失敗の理由を端的に示していたのが本書の「帯」の言葉です.「帯」付きを購入したい方は,書店で探すことをお薦めします.「帯」にはこうあります.「低性能!」,「高望み!」,「発売延期!」と.まさにその通りだと,自らの失敗プロジェクトと重ね合わせてしまうエンジニアが少なくなさそうです.

 本書が世に出たことで最も喜んでいるのは,「黒歴史」入りさせられたCPUの開発者かもしれません.その意味では,英訳されて米国で出版され,米国のエンジニアに読んでほしい本です.もっと言ってしまうと,Intel社が英語への翻訳権を出版社から買い取って英文版を発売してもよいくらいです.Intel社は半導体メーカの世界代表なのですから,そのくらいはやってほしい気がします.

 

ふくだ・あきら
テクニカルライター/アナリスト
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