スポーツ・カーとは何か? トヨタ86,スバルBRZの登場に思う ―― EVよもやま話 (1)

薄井 武信

tag: 電子回路

コラム 2012年7月 2日

日本でハイブリッド車であるトヨタ・プリウスが発売されてまもなく15年が経過する.2年ほど前からは,日産リーフ,三菱i-MiEVといったEV(電気自動車)が販売されている.本コラムは,EV開発などの仕事に携わっているエンジニアの方々に執筆していただく.EV技術だけでなく,自動車開発全般についても取り上げる.(Tech Village編集部)

 トヨタ自動車富士重工業が共同開発した入魂のスポーツ・カー「トヨタ86」(写真1)と「スバルBRZ」(写真2)の販売が今春から始まった.自動車業界では昨今,「国内市場では新車が売れなくなった」,「若者のクルマ離れが著しい」などと言われているなか,救世主が登場したかのような特別な期待を集めている.筆者もクルマ好きの端くれとして,これらを運転してみたいと思うし,たぶん期待どおりの楽しいクルマなのだと予想する.けれども,仕事や生活を考えると,残念ながら購入するほどの余裕はない.今後どのような展開を見せるか外野から見物させてもらうだけ…,というのがちょっと悲しいところだ.

写真1 トヨタ86

 

写真2 スバルBRZ

 

 

●80年代は,スポーツ・カーが続々と発売されていた

 さて,自動車雑誌や自動車専門Webにおいて「86/BRZ万歳!」一辺倒の記事を読むたびに,気になっていることがある.それは,決してスポーツ・カーがなかったから新車が売れなくなったわけではないし,若者がクルマから離れていったわけでもない,ということだ.

 お金がないけど走りたい免許取り立てのような若者なら,1世代前の中古スポーツ・カーに手を伸ばすだろう.今なら例えば,日産シルビアやマツダRX-7,ホンダS2000などだ.新車当時ではとても買えなかったクルマが,中古ならこなれた値段で買える.そういう意味で,スポーツ・カー好きにとって,今は決して悪い時代ではない.

  86とBRZはトヨタと富士重工が共同開発したFR(後輪駆動)型スポーツ・カーだ.富士重工の水平対向エンジンをベースに,トヨタの直噴エンジン技術が融合されたエンジンを使用している.86とBRZの基本スペックは同じだが,内装/外装のデザインは異なる.

 思い返してみると,筆者もバブル真っただ中の新社会人の頃,日産シルビアS13ターボを新車で買おうと,勇んでディーラに行ったものの,総額250万円の見積もりを見て冷静になり,薄給のわが身を振り返ってあきらめた記憶がある.次にユーノス・ロードスターにターゲットを定めるも,どうしても200万円以下にはならず,しかも試乗してみたらノーマルで(改造せずに)乗り続ける自信もない.それならば100万円の中古車を買って,100万円を改造につぎ込むほうが楽しいだろうということで,1世代前の初代トヨタMR2の中古購入に落ち着いたのだった.

 話が脱線してしまったが,何が言いたいかというと,そのシルビアやRX-7やS2000が新車で買えた頃も,自動車業界が盛り上がっていたかというと,そうではなかったということ.これらの名車も販売は伸び悩み,結局のところ次のモデル・チェンジを迎えることなく生産中止になった.つまり,今と当時とで,いったい何が違うのだろう? という懸念だ.ひと昔前のスポーツ・カーに足りないモノが何で,今度のスポーツ・カーは何を補って登場してきたのだろう?

 確かに安全性や対環境性は,現代のクルマらしく進化している.しかし,それだけでは需要を喚起して市場を創造し,ユーザを魅了し続けることは難しいのではないか.古くからある昔のスポーツ・カーの要素をなぞっただけでは,懐古趣味で終わってしまうのではないか? それ以外の新しい「何か」を持っていないと,いずれまた同じように存在意義を失い,同じ轍を踏むことになるのではないか?

 

●スポーツ・カーが“スター”になる条件

 『湾岸ミッドナイトC1ランナー』というマンガ(『週刊ヤングマガジン』で連載中)で,登場人物が「音楽の世界でスターになる三つの条件」について語っている場面があった(SERIES 33 化学反応④).さてこの三つの条件について,あなたなら何を思い浮かべるだろう?

 まずは当然「音楽の実力」,それから「人脈」,あとは「運」も必要だろうか? 筆者は劇中の女性と同じ答えしか思いつかなかったのだが,そこに登場する女社長は,それは当たり前の成功の条件に過ぎなくて,もう一つ上の“スター”になるためには「時代に合った音楽性」,「イメージ」,「伝説」の三つが必要,と説いていた.この三つがそろったときに初めて“突き抜ける”のだと.なるほど.なんだかクルマ(に限らないが…)にも同じことが当てはまりそうで,妙に納得してしまった.

 特に「時代に合うこと」が気になった.時代背景にマッチしていなければ,どんな「イメージ」を持っていても,どんな「伝説」があっても,また「実力・人脈・運」があっても表舞台に上れないだろう.

 その観点で見ると,スポーツ・カーがそれなりの市民権を得ていた(よく街で見かけた)のはバブルの時代までであったように思う.その時代も,純粋なスポーツ・カーというよりは,スペシャリティ・カーやスポーティ・カーとしてソフトに仕立てられていた.それこそまさしく「時代」に合わせた結果であり,またその販売戦略によって生きながらえていたように思う.スマートなデート・カーとして使える一方で,その気になって改造すれば一級の峠マシンにもなった日産シルビアS13がそのよい例だ.

 

●現在は「エコカー」が“スター”の座に

 しかしバブルがはじけ,不景気な時代になると,スペシャリティ・カー(隠れスポーツ・カー)は実用的ではない,単なる浮かれた(!?)クルマに見えてしまったのかもしれない.バブル崩壊後にはスキー・ブームもあり,パジェロに代表される実用的なSUV(スポーツ用ユーティリティ車)のブームが若干あった.しかし,徐々に環境・エネルギー問題がクローズアップされてくると,時代はエコロジーへと走り出す.すると今度は燃費の悪いSUVは息をひそめ,プリウスに代表されるいわゆる「エコカー」がスターの座に着く.それは,きわめて自然な時代の流れだ.

 そして現在,なんとなく閉塞感が続くこの時代において,あえて(?)生まれてきたのが,トヨタ86とスバルBRZだ.トヨタは,「ターゲット・ユーザは40代」と明言していた.「もともとスポーツ・カーなんてニッチ・マーケット(隙間市場)だから,一部のマニアを満足させられればいい」と開き直られてしまえばそれまでだが,いつまでもクルマに心を奪われていたいスポーツ・カー好きとしては,それではちょっと寂しい.

 まだ運転したこともないので取り越し苦労なのかもしれないが,“スター”を目指さないにしても,一過性のブームで終わらせないため,またこの先も生き延びてもらうため,「なにか今のこの時代にマッチした,もしくは時代をリードするぐらいの要素を持ち合わせたクルマであってほしい」と願う.いつか運転する機会があったら,そのあたりをチェックしたいと思っている.

 

●日本を代表するスポーツ・カーになってほしい

 トヨタ86とスバルBRZはまだ生まれたばかり.たとえ,今はまだ“スター”になれなくても,次のモデル・チェンジで「参った!」と言わせればよい.前述のパジェロにしろ,プリウスにしろ,初代バージョンから爆発的に売れたわけではなかった.

 そもそも「スポーツ・カー」とは何だろう? 少なくとも「スポーツ・カーはこうでなければならない」と,一言二言で説明できるモノではないだろう.カタチは変わってもスポーツ・カーの本質さえ押さえていれば,「これはまぎれもなくスポーツ・カーだ!」と評価されるのだ.

 伝統を重んじるはずのヨーロッパ車でも,懐古主義に陥らずダイナミックに変化し続けている.トヨタや富士重工の開発者の方,いや自動車開発にかかわるすべての方に,自動車人の誇りを持って,86,BRZ,そして自動車を育てていってほしい.グローバルな商品となったクルマは,いわば日本代表で,その活躍は国民を勇気づける存在になりうる.ぜひ,「日本にはこんなクルマがあるんだ!」と,世界のクルマ好きに誇れる新時代のスポーツ・カーに成長することを期待している.

 

うすい・たけのぶ
フリーEVエンジニア

 

●筆者プロフィール
薄井 武信.コーリン・チャップマンに憧れ,二級整備士資格取得後,競技車両や特殊車両の開発会社に就職.ある日,自分の自動車趣味が時代に逆行していることに気づき,フリーになってさまよっていた1994年頃にEVと出会う.それ以来,日本EVクラブを始めさまざまなEVプロジェクトの車両開発にかかわったり,企画のサポートをしてきている.それまでクルマ(特にEV)にしか興味がなかったが,リーマン・ショックと東日本大震災以来,経済と社会と自然の関係にも興味がわき,半工半農を理想に長野県原村に引っ越したばかり.1966年生まれ.

 

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