ギガビット高速信号伝送を理解するための基礎知識(前編) ―― 差動信号伝送の歴史,規格の違いから終端処理まで

河西 基文

tag: 半導体 実装 電子回路

技術解説 2012年3月16日

●規格によって帯域と伝送距離が異なる

 図13に示すように,各差動信号の対応する帯域は異なります.LVDSの一部のデバイスはGbps程度まで(仕様上は655Mbps),バス接続可能なM-LVDSは250Mbpsまで,PECL/CMLは10Gbps以上の速度で動作可能です.右側の薄い色の部分のようにシグナル・コンディショニング・デバイス(エンファシス・ドライバやレシーバ・イコライザなど)を併用することで,伝送距離を伸ばせます.

 

図13 差動信号の伝送速度と伝送距離

 

 

 伝送距離は媒体の挿入損失(高周波の減衰)に依存し,補償のためのイコライザ・ブースト・ゲインによって異なります.今日,10Gbpsの伝送速度では,プリント基板で80cm以上,低損失差動ケーブル(AWG24)で10m以上の伝送が可能です(5GHz時の挿入損失が-30dBと仮定).

 図14は,10mの低損失差動ケーブルで10.3Gbpsの信号をイコライザにより補償した後の波形です.

 

図14 10m伝送,10Gbps,イコライザ補償後の波形

 


●終端処理がシグナル・インテグリティ対策の要

 通常のシングルエンド信号伝送と差動信号伝送のもっとも顕著な違いは,終端の処理でしょう.差動信号伝送が速い理由の一つは,この終端処理にあります.つまり,終端処理はシグナル・インティグリティ対策の要と言えます.

 皆さんはディジタル・オシロなどで信号を測定する際に,オーバ・シュート/アンダ・シュート波形を当然のように測定・観察していると思います.このとき,デバイスが本来出力できない供給電圧範囲(GND,Vdd)を超えて出力されているこれらの信号に疑問を持ったことはありませんか?

 実はオーバ・シュート/アンダ・シュート波形は,信号エネルギーの伝送路における反射によって生じています.つまり,伝送路上の異なる物質同士の接続部におけるインピーダンスのミスマッチが原因なのです.各接続部で特性インピーダンスが同じであれば信号の反射は起こらず,オーバ・シュートやアンダ・シュートは起こりません.そのため,送受信端に伝送路の特性インピーダンスに合った抵抗を実装した差動信号伝送では,図15のようにTTL/CMOSの何十倍と高速であるにもかかわらず,波形が非常にきれいなことが分かります.

 

図15 CML(10Gbps)送信端波形

 

 残念なことに,一般的なTTL/CMOSシングルエンド信号では終端処理は一般的ではありません.ただしリファレンス回路などでは,図16のように出力ピンに数十Ωの抵抗を実装した回路の記載をよく見かけます.これは,出力インピーダンスを伝送路の特性インピーダンスに合わせ,入力端で反射して戻ってきたエネルギーを吸収するためにあります.

 

図16 リファレンス回路

 

 

 入力・出力部で反射の繰り返しをなくし,次のサイクルまでに信号を安定させることが信号伝送では重要です.入力に終端抵抗が設けられない場合,出力のシリアル終端抵抗の処理を行います.これは安易ですが,効果が高い方法の一つです.

 また,入力バッファのハイ・インピーダンス化は,入力抵抗が非常に大きく電力が消費されないため,みなさんは好ましいと考えるかもしれません.しかし,伝送路を通ってきた高い周波数の信号にしてみると,入力ハイ・インピーダンスは入力されるエネルギーのすべてが反射する全反射の環境となり,理論上,出力電圧の最大2倍の振幅が発生します.この反射がオーバ・シュートの波形を作ります.伝送路の特性インピーダンスと終端のインピーダンスをマッチングさせると,図15のように高速でも反射のないきれいな信号伝送が可能となります.

 TTL/CMOSシングルエンド信号では,信号反射の対策として,伝送路の特性インピーダンスに合わせた50Ωなどの終端抵抗を受信端に実装することが一般的ではありません.これは出力のドライブ能力が十分ではなく,振幅が小さくなるためです.ただし,反射による波形のひずみが大きく,信頼性の問題が生じる場合は,受信端に出力をドライブできる程度の比較的大きな抵抗や小さなコンデンサを入れて,GNDに落とす処理を行います.受信端に大きめの終端抵抗を入れることで,反射をある程度低減できます.またコンデンサを入れると,反射する高周波のエネルギーを低インピーダンス化して吸収します.

 最近ではDDR2/3のメモリ・インターフェースなどでは,シングルエンド信号でも高速化が必要になり,差動信号と同じように電源電圧を1.8Vや1.5Vとして出力振幅を制限し,さらに終端処理を施すことで数百Mbps~数Gbpsの伝送を行っています.もちろんシングルエンド信号でも,図17のように伝送路の特性インピーダンスに合わせた終端抵抗を実装することで,きれいに伝送できます.ただしシングルエンド信号は,振幅を小さくすると図8で示したようにノイズに対する耐性が低くなるという問題を抱えています.

 

図17 DDR2,SSTL1の送信終端回路,受信終端回路

 

 ここまでの説明で気づかれた方もいるかもしれませんが,終端抵抗はシングルエンドで50Ω,ディファレンシャル(差動)で100Ωといった一意の値ではありません.それぞれの伝送路の特性インピーダンスに合わせた値を採用します.シングルエンドかディファレンシャルかということとは関係ありません.

 皆さんも機会があれば,シングルエンドやディファレンシャルの信号評価の際に送信・受信の終端部へ受動部品(R,C,L)を追加・変更し,インピーダンスを変化させ,どれだけ波形が変わるのかを確認してみてください.もちろんプローブもR,C,Lの成分を持っているので,プローブを接触させることでも波形は変わります.

 

後編に続く)

 

かわにし・もとふみ


 

組み込みキャッチアップ

お知らせ 一覧を見る

電子書籍の最新刊! FPGAマガジン No.12『ARMコアFPGA×Linux初体験』好評発売中

FPGAマガジン No.11『性能UP! アルゴリズム×手仕上げHDL』好評発売中! PDF版もあります

PICK UP用語

EV(電気自動車)

関連記事

EnOcean

関連記事

Android

関連記事

ニュース 一覧を見る
Tech Villageブログ

渡辺のぼるのロボコン・プロモータ日記

2年ぶりのブログ更新w

2016年10月 9日

Hamana Project

Hamana-8最終打ち上げ報告(その2)

2012年6月26日