デバイス古今東西(27) ―― スーパコンピュータ「京」をチップ・レベルの視点で考察

山本 靖

tag: 半導体

コラム 2011年7月22日

 世界最高性能を達成したスーパコンピュータ「京」はまだ組み立て途中であり,10ペタフロップス(毎秒1京回の浮動小数点演算処理)の性能を目指しています.ここでは,コンピュータの性能に大きな影響を及ぼすプロセッサと相互接続技術について考えます.

 

●スーパコンピュータ「京」を支える富士通の内製プロセッサ

 2011年6月20日の理化学研究所と富士通の共同プレス・リリースによると,世界最高性能を達成したスーパコンピュータ「京」は672台の計算機筐体(CPU数は合計68,544個)の構成で,ベンチマークは8.162ペタフロップス(毎秒8,162兆回の浮動小数点演算処理)だったそうです.2012年の完成時には800台以上の計算機筐体(CPU数は合計8万個以上)の構成となり,10ペタフロップスの性能を目指しています.

 筆者は,このニュースの前に発表された2011年4月25日の理化学研究所と富士通の共同プレス・リリースに注目していました.次世代スーパコンピュータ「京」向け超高性能CPU(Central Processing Unit)「SPARC64 VIIIfx」が,日本産業技術大賞 文部科学大臣賞を受賞したというものです.このCPUは,1チップ内に8個のCPUコアを搭載し,汎用CPUとして世界最高クラスを実現したと主張しています.

 CPUは,コンピュータの性能を決める重要なデバイスです.富士通はコンピュータの黎明期からCPU開発に取り組んでいました.今回,日本の情報技術の発展に貢献したことは言うまでもありません.

 

●CPUをやみくもに増やしても性能は頭打ち

 1990年前後に,筆者がVHDLシミュレータの事業に携わっていたころ,シミュレータ開発者たちはシミュレーションの実行速度を引き上げる工夫に取り組んでいました.ハードウェア面では,従来型のCISCプロセッサに替わり,RISCプロセッサを搭載した高速コンピュータを用いるようになりました.ゲート・レベルのシミュレーションについては,専用のハードウェア・アクセラレータを併用していました.ソフトウェア面では,言語処理系がインタープリタ型からコンパイル型に移行しました.

 1995年前後には,エンジニアリング・ワークステーション上で複数のプロセッサを用いる並列処理方式が使われるようになりました.いわゆるSMP(Symmetric Multi-processing;対称型マルチプロセッシング)です.

 SMPは高速化手法の主流として広く普及しました.ただし,プロセッサの数を増やしても,それに比例して処理性能が向上するわけではありません.隣り合うCPU同士,あるいはCPUとメモリの間の通信経路に制約があるからです.

 プロセッサの数とコンピュータの処理性能の関係は,比較的簡単なモデルで表されます.例えば「収穫てい減の法則」のモデルです.CPUの数を1個から4個にすると性能は2倍程度,9個にすると3倍程度になります.つまりCPUの数をやみくもに増やしても,性能は頭打ちになるのです.

 

●プロセッサを内製しているのは富士通とIBMだけ

  現在のスーパコンピュータの性能も,エンジニアリング・ワークステーションの場合と同じように,プロセッサ単体の性能とプロセッサの数,そしてプロセッサやメモリの間の相互接続技術の性能に大きく支配されています.スーパコンピュータ「京」は,システム・アーキテクチャの研究開発はもちろんですが,国内で設計・製造されたプロセッサと相互接続技術の研究開発の成果なしには実現できなかったでしょう.その点でも富士通は賞賛されるべきだと思います.

 世界最高性能を達成したスーパコンピュータ「京」は,世界で最も高速なコンピュータ・システムの上位500位までを定期的にランク付けしているTOP500で1位になりました.ここでTOP500の上位10位までのコンピュータを,それらが内蔵しているCPUに着目して,表1に整理します.10位以内のコンピュータのプロセッサについては,汎用CPUの代表である米国Intel社の「Xenon」や米国AMD(Advanced Micro Devices)社の「Opteron」が多く搭載されているのが分かります.これらを搭載したコンピュータの性能はほぼ拮抗しており,たとえCPUの数を増やしたとしても,大きな性能の向上は見込めません.

 

表1 TOP500の上位10位(2011年6月16日時点)
TOP500のWeb情報を筆者が加筆.

 

 かつて米国Cray社や米国SGI(Silicon Graphics, Inc.)はプロセッサを内製していましたが,現在は汎用CPUを採用し,システム・アーキテクチャで勝負する企業になっています.一方,表1のコンピュータ・ベンダの中でプロセッサを内製しているのは富士通と米国IBM社だけです.

 

●相互接続技術がコンピュータの性能を左右

 スーパコンピュータの性能は,隣り合うCPU同士,あるいはCPUとメモリの間の通信経路に左右されます.現在の相互接続技術は,複数の転送レートをサポートするほか,複数のチャネルを束ねて広帯域を実現できるようになっています.表1の相互接続技術を見るとInfiniBand(インフィニバンド)という汎用の技術がよく利用されており,この方式は費用対効果が高いと考えられます.

 富士通の場合,「6次元メッシュ/トーラス」ネットワーク技術を開発し,「京」に採用しています(1).「6次元メッシュ/トーラス」は隣り合うCPUとの通信経路が多く,CPU間のデータ通信を最短ルートで短時間に実行できるように設計されているそうです.これらの特徴により,8万個以上のCPUの持つ計算パワーを余すことなく利用できます.

               *     *     *

 富士通の会長である間塚 道義氏は,「京の100倍の計算能力を持つエクサフロップス級の開発競争は始まっている.安全保障や産業競争力の観点から,世界の最先端を目指さなければ競争力は維持できない.日本のために開発を続けていく」とコメントしています(2).米国IBM社は,コンピュータそのものの研究はもちろん,内製プロセッサや相互接続技術の研究も進めているでしょう.地位が低下しつつある日本の半導体産業の競争力向上の観点から,半導体領域においても世界最先端を目指すことが求められています.

参考文献
(1) Yuichiro Ajima et al.,"Tofu: A 6D Mesh/Torus Interconnect for Exascale Computers",Computer 42 (11): pp.36-40,IEEE Computer Society,2009.
(2) 「スパコン世界一どう生かす:シェア,IBM追撃へ一歩――富士通会長間塚道義氏」,日本経済新聞 朝刊,2011年6月26日.


やまもと・やすし


◆筆者プロフィール◆
山本 靖(やまもと・やすし).半導体業界,ならびに半導体にかかわるソフトウェア産業で民間企業の経営管理に従事.1989年にVHDLの普及活動を行う.その後,日米で数々のベンチャ企業を設立し,経営責任者としてオペレーションを経験.日米ベンチャ企業の役員・顧問に就任し,経営戦略,製品設計,プロジェクト管理の指導を行っている.慶應義塾大学工学部卒,博士(学術)早稲田大学院.


 

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