原子力発電所の事故に見る安全確保とリスク対応の考え方

田辺 安雄

●すべてのリスクを経験することはできない

 機能安全の考え方を定義しているJIS Z 8051:2004「安全側面-規格への導入指針」(対応する国際規格は「ISO/IEC Guide 51:1999」)では,「絶対的な安全はあり得ない.残留リスクを定義しているように,ある程度のリスクは残る.そのため,製品やプロセスまたはサービスは相対的に安全であるとしかいえない」ということが明文化されています.また,安全とは,「受容できないリスクがないこと」,リスクは,「危害の発生確率とその危害の程度の組み合わせ」として定義されています.この規格は,人だけではなく財産,環境またはそれらの組み合わせに対しても適用されます.リスクを前提にするということは,絶対的な安全は存在しないことを認めるということになります.「リスクに至るシナリオをすべて経験するほど,人間社会はぜい沢ではない」と言われた方がいるそうですが,すべての事故のシナリオを経験しているわけではないので,起こりうるシナリオを事前に徹底的に分析しておく必要があります.
 
 今回の地震による影響としては,原子力発電所の放射能のリスクによって亡くなった方は現時点ではおられませんが,環境への影響は甚大なものがありました.原子力発電所では,原子炉の炉心溶融が起こらないことを主要な安全目標とする安全設計が重点的に行われていますが,海水への放射能漏えいや火災発生などについては,発電設備やシステム全体にわたって,今まで以上に分析を行ってリスク要因を抽出し,対策を強化することが必要なのではないかと思います.リスクの分析手法は100以上もあると言われており,完ぺきな方法はありません.しかし,系統的で汎用的に分析できる特徴を有する化学産業で発展したHAZOP(Hazard and Operability Study)という安全分析手法など,今まで取り組んでいなかった方法を使用してみることも必要ではないかと思います.

●発生頻度の低いリスクにどう対応するのか

 この場合に,必ず問題になるのが,発生頻度が少ないと考えられるものに対する対策です.今回の津波は,低い発生頻度であるけれども大きな被害となるリスクでした.ほとんど考えられないくらいの発生頻度のリスクについて,無視してよいということではありません.リスクは,一つの対策だけで抑制できないことがあるので,システム全体で対応し緩和することが必要です.残るリスクについては,開示と,一般の方々の理解が不可欠です.

 リスクのある産業システムを設置して利益を得ることから,英国では,リスク分析は事業者の責任で行われ,リスクの開示も行われています.日本の国内ではリスク文化はまだまだ定着していませんが,リスクを持つ産業システムを使用する限り,正しい認識がいっそう必要になると思います.
 

●「想定外」と防御のシステム作り

 よく,「想定外」という言葉が使われます.想定には二つの意味があります.一つは設計に使用する条件の設定に関するものです.想定した津波の高さや地震の強度などです.もう一つは,想定してあった多重の防御の仕組みを超えるような場合です.一つの想定条件を超えたときには,ほかの機能または対策でカバーすることを考える必要がありますが,今回の津波では,想定した津波の高さも,想定してあった防護システムも役立ちませんでした.

 しかし,人間には想定できる限度があることも事実です.技術者は,設計するときには想定したものを前提とせざるを得ないし,その一方で,想定した条件を超える可能性は決してゼロではありません.安全の確保は,一つの条件を超えた時の対策の有無が,大変に重要です.原子力プラントの安全の確保は,防御のシステム作りしかないといっても過言ではなく,今後も,やるべきことは防御のシステム作りです.防災計画もその中に組み入れられます.しかし,どのように入念に対策したとしてもリスクは残るので,一般の方々への情報の開示を行い,リスクを共有することが必要です.

 防御のシステム作りというのは,安全にかかわるシステムにおいては共通した考え方です.自動車や工作機械などにも,電子制御システムによって,異常を検知して停止する安全システムが採用されていますが,この場合には,電子制御システムが防御のシステムの一翼を担うことになります.電子制御システムがロバスト(堅ろう)な設計と言われるためには,コンポーネントの信頼性が高いことだけではなく,故障したとしても安全機能が達成できる設計であることが必要です.多重化や多様化は,その達成手段の一つであり,防御のシステム作りの一つの方策であるということができます.

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