米国発クリーンテック便り(1) ―― ベンチャ群雄割拠の電気自動車充電インフラ・ビジネス

阪口 幸雄

tag: 電子回路

コラム 2010年10月28日

 本コラムでは,米国における新しい技術や会社の話題を交えながら,環境技術(クリーン・テクノロジ)に電子技術や組み込み技術がどう役に立つかなどを考えていきたいと思います.

 

 

●北米の電気自動車向け充電インフラはベンチャ企業が主導

 今,米国では電気自動車向けの充電ステーションの設置が急速に進んでいます.Ford Motor社の「Focus」,General Motors (GM)社の「Volt」,日産自動車の「Leaf」,三菱自動車の「i-MiEV」,Tesla Motors社の「Model S」などの電気自動車(プラグイン車)が,今年(2010年)から来年(2011年)にかけて米国の公道を走り出します.走行距離がガソリン車より短いため,自宅以外の充電スポットがある程度そろっていないと,電気自動車の発展が期待どおりに進まない恐れがあります.

 充電スポットには,各種の標準にあった電源コードが用意されており,多くの場合,高速充電が可能です.またインターネットにつながっており,課金情報とか,どこの充電ステーションが空いているかなどを,手元のスマートフォンで調べることができます.

 電気自動車充電に付随するビジネスは,2015年に米国で2億9700万ドル,全世界で15億ドルの産業になるとの予測があります.北米で電気自動車充電ステーションを展開中の会社は,主にベンチャ企業です.例えばAeroVironment社Better Place社ClipperCreek社Coulomb Technologies社などがあります.大企業では,General Electric(GE)社やパナソニック,Samsung社などものりだすとか.ハードウェア系の会社だけでなく,ABB社やGoogle社,IBM社,SAP社などの大手ソフトウェア会社もビジネス・チャンスを狙っています.

 電気自動車の普通の利用者は,自宅で,夜間の電力が安いときに充電すると思います.米国の自宅に設置するような一般的な(急速充電などではない)充電ステーションは3.3kW(240V@14A)程度の充電能力です.これで,例えば日産Leafの24kW時のバッテリ・パックを空っぽの状態から充電するには,約8時間かかることになります.なお,米国の普通の家庭には120Vの電源しか来ていないので,240Vにするには工事が必要です.もし120Vで充電しようとすると,20時間以上かかるようです.

●スマートフォンで充電ステーションの空き状況を確認

 充電ステーションを展開しようと頑張っているのがシリコンバレーのCampbellにあるCoulomb Technologies社です.今年9月に1500万ドルの資金をベンチャ・キャピタルや事業会社より調達し,合計で3000万ドルを集めたようです.公共の場所に設置するということで,DOE(Department of Energy;米国エネルギー省)からの補助金も出ました.

 同社は2009年までに850台の充電ステーションを設置済みで,今年は10,000台,来年は35,000台を新たに設置する予定と発表しています.道路脇への設置も進みますが,多くは自宅への設置になりそうです.この中には,DOEの補助金により無料で設置する4,600台の充電ステーションも含まれます.

 また同社は充電ステーションのハードウェアの販売・設置だけでなく,付随するソフトウェアやサービスを提供することで他社との違いを出そうとしています.iPhoneなどのスマートフォーンでどの充電ステーションが空いているかを探し,予約し,支払いを行えます.今年6月には,Siemens社との提携を発表しました.これによりSiemens社は Coulomb社が開発し,ノウハウを蓄積してきた「ChargePoint」というネットでつながった充電ステーションの技術を利用できるようになり,Coulomb社はSiemens社が得意とするスマート・グリッド上のさまざまなインフラやアプリケーションを使えるようになりました.

●ステーションでバッテリをまるごと交換

 Coulomb社と同じように充電ステーションを展開しているBetter Place社(本社はシリコンバレーのPalo Alto)は,「バッテリ交換ステーション」の全世界展開に力を入れています.同社のアプローチは,「バッテリ残量が少なくなったら交換ステーションでバッテリをまるごと交換しよう」という方式です.施設に入ると空っぽのバッテリをロボットが外し,充電済みのバッテリが下からせり上がってきて,自動的に交換します.60秒以下で交換できるそうで,通常のガソリンを入れるよりも早いようです.こちらのビデオでは,その交換の様子が示されています.

 同社のターゲットは環境負荷が大きく,走行距離が長く,しかし充電に時間をかけられない業務用の車両,特にタクシーです.例えば,日本のタクシーの台数は,乗用車全体の2%なのですが,CO2エミッション的には20%に相当するらしく,これらがすべて電気自動車になると,確かに効果は大きいですね.空になったバッテリは,夜の電気代が安いときに充電したり,再生可能エネルギー(すなわち太陽頼み,風頼み)の状況を見ながら充電したりするのでしょう.ちなみに東京にはタクシーが6万台あるそうです.この台数は世界2位で,パリや香港やニューヨークよりも多いといいます.東京の6万台のタクシーのバッテリを交換するには,現在のLPG(液化石油ガス)ステーションの数とほぼ同じ100カ所あればよいそうです.

 同社は「電気を売るのではなく,バッテリをリースする」というアプローチを採っています.これはタクシーなどの事業者には受け入れられる素地があると思います.最終的にBetter Place社が目指しているのは,携帯電話のような課金システムです.すなわち,利用者は最初にいくらかのイニシャル・コストは払うが,後は使った時間によって課金されます.携帯電話の利用者は携帯電話を所有しますが,通話ネットワークを所有しません.通話ネットワークの構築や運営にかかったコストを平等に分担するのと同じ発想です.

 同社によると,1マイル(1.6km)当たりの使用料を2010年で0.06ドル,2015年で0.04ドル,2020年で0.02ドルを想定しています.ちなみに,東京都千代田区から大阪府大阪市中央区まで東名高速を使って走ると518kmです.これは323マイルになるので,2015年の0.04ドルを使うと,323マイル×0.04ドル/マイル=12.95ドル=1,165円(90円/ドルの場合)となります. 東名のサービス・エリアごとにバッテリをスワップ(交換)しながら走ることになります.

 なお,同社はすでに5億7320万ドル(約500億円)の資金を集めています.日本のベンチャ企業と比べると,けたが違います.いくらで上場したら元が取れるのか心配になってきますが,確かに世界的にバッテリ交換ステーションを展開しようとすると,半端ではないお金が必要です.同社のコンセプトには大手自動車メーカも賛同しているようですが,かなりギャンブル要因のあるビジネス・モデルです.最終的には,乾電池などと同じように,自動車用バッテリの規格を標準化しようと提案しています.

●電気自動車メーカもバッテリ交換方式を検討?

 電気自動車メーカのTesla社のコンセプトは,Better Place社と真っ向から対立しています.Tesla社は,「われわれはバッテリに差異化要因を持っている.ほかの会社の電気自動車と互換性を持たせて,バッテリそのものを交換するなんてもってのほか」と言っています.ただし2012年発売予定の廉価版セダン「Model S」(価格は3万ドルか?)のバッテリはきわめて平たんで突起がなく,自動車の床下に収納されており,下方から1分間で交換できるようになっているそうです.

 Tesla社はBetter Place社との提携や協業は否定していますが,もしModel SがTesla社の期待どおり数十万台売れたとすると,それだけで「バッテリ交換ステーション」のビジネスが成り立つ計算になります.まあ,市内で走っている程度であれば夜中に自宅で充電すれば済むのですが,San FranciscoからLos Angelesへの長距離ドライブをするとなると,Freewayの途中に数カ所のバッテリ交換ステーションがあるだけで,利用者の心理的な余裕はかなり改善されるはずです.

●ビジネス・モデルの面で大きな問題を抱える

 各方面で,電気自動車の充電ステーションがもてはやされていますが,ビジネス・モデルの面では大きな問題を抱えているように思います.一つは「電気を売れない」ということです.

 米国で消費者に電気を売れるのは,あくまでも電力会社です.これらの充電ステーションのメーカは,場所を提供するとか,インターネットでどこの充電ステーションが空いているかを教えるといった付随ビジネスは行えますが,消費者への売電は許されていません(ごく最近,カリフォルニア州のみ制限付きで消費者に電気を売れるようになったようだが,これは例外中の例外).

 また,ガソリンに比べて電気は安く,満杯に充電したとしても電気代はせいぜい3ドル程度です.上述の日産Leafの電池容量の24kWhに米国の一般的な電気代である0.11ドル/kWhをかけると2.50ドルです.利益率のいいガソリン・スタンドと比べて,とてもペイするとは思えません.

 結局,どうやって投資を回収するのでしょう? Coulomb社はマクドナルドなどと契約を結んだようですが,結局,「外の充電ステーションは,店舗に顧客を呼ぶための付帯サービス(=無料)」になっていくのでしょうか? ネット・ビジネスのように広告収入型になるのでしょうか?

 また,充電ステーションのハードウェアそのものは急速にコモディティ化すると思います.どんなに格好いい形にしようとも,結局,充電ハードウェアによる差異化は困難です.ソフトウェアについても,どこも似たようなシステムを出してくるので差異化が困難になってくるでしょう.

 ということで,かなりギャンブル要因のあるBetter Place社の方式が長い時間をかけて主流になるか,はたまた地道に家庭や道路脇に充電ステーションを設置して広告収入や設置代などの付随サービスで元をとっていくか....いずれにしろ,これから米国では自宅のガレージに240Vを引く家庭が増えると思いますが,結局もうかるのは,こういった工事業者と電力会社なのかもしれません.

 

さかぐち・ゆきお
yukio@sakaguchi.org

◆筆者プロフィール◆
阪口 幸雄.シリコンバレー在住25年.もともと半導体技術のベテランで,CQ出版が発行していたDesign Wave Magazineにも数度登場.最近,環境技術をあれこれ勉強中.「地球環境を守ることとビジネスの発展は両立する」がモットー.

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