拝啓 半導体エンジニアさま(2) ―― 「ベンチャ」にはつらい日本国の事情

ジョセフ 半月

 うかつなことに,気がついたのは「解散」してしまってからだいぶ時間が経ってからでした.「無線LAN」のデバイスを開発していた設計会社のキーストリームについてです.

 私は縁もゆかりもなく,知り合いが在籍していたということもなく,ましてや会社の内情などはまったく知らないのですが,「解散」ということを聞き,残念に思います.日本では数少ない無線デバイスの会社でしたし,「超低消費電力の無線LANチップ」,と聞けば,まだまだこれから市場性がありそうに思えるのですが,未曾有の荒波を乗り切れなかったということでしょうか.

 正直この会社のことはまったく知らないので,特にこの会社のスペシフィックについてどうだ,こうだ,と言う気はないのですが,一般論と自分の若干の経験を通して見ると,日本国では半導体ベンチャにはなかなか辛い状況があるように思えます.もしかすると,そのうちの幾つかはキーストリームにも当てはまるのかも知れません.

●ベンチャに厳しい信用保証

 まずは,「ものを作って売るメーカ型のベンチャ企業」はなかなか儲からない「仕組み」について考えてみたいと思います.このタイプのベンチャ企業の場合,製品の企画や設計は自身でやるとしても,実際のものの製造は外部に委託する,というスタイルがほとんどだと思います.つまり,製品の企画力や設計力が付加価値の源泉だということになります.

 とりあえず,首尾よくなかなかの製品ができ,大口顧客も見つかったとしましょう.その場合,量産品を大量に製造して,ものを納めないとなりません.そのためには,外部委託先に注文を受けてもらわないといけないのですが,まずは,ここでひと仕事となります.

 なぜなら半導体製品の量産用のマスク・セットなどは数千万円単位になりますし,製品1ロットの仕入れ値も相当な金額のはずです.ですから大きな取引で,かつ製造すべきロット数も多いとなると,見込まれる売り上げも巨額になるでしょうが,当然,仕入れも巨大な金額となります.

 ベンチャ企業で,特に最初の製品というときは,お金も実績もありません.外部委託先にしてみれば,信用のない会社相手に大きな売掛金の取引をするというのはリスクが大きすぎます.

 そこで,「アドバンスでお金を積んでくれたら作りましょう」(実質的な先払いですね)とか,「どこか口座のある大会社を通して」といったことになります.しかたなく,「リスクを負担してくれる」商社などを口説いて間に入ってもらって,ものを作ります.ただし,当然「リスクをとってくれる対価」として,かなりの口銭は取られます.しかたありません.

 さて,首尾よくものを作ったとして,納める段階になっても障害はあります.半導体製品を大量に買ってくれるような相手の会社は,ほとんど大手メーカですが,かなりの信用力がないと調達先として口座は開いてくれません.

 また,支払い条件も厳しいです.最近ではさすがにあまりないかもしれませんが,「サイト180日手形」などと言われてしまうと,ものを納めてもお金がもらえるのは半年も先の話です.しかも外部委託先には「30日現金とかで支払わないとイケナイ」,となると資金繰りが大問題ですね.

 そこで,売る方にも相手の企業に口座のある商社さんに入ってもらい,さらに「先に」お金が入るようなことを考えないといけません.当然,手形を割り引く分と口銭について,またお金を払わなければなりません.

 別に商社さんを責めるわけではないのですが,(商行為として当然ですものね),「行き帰り」で2度も口銭その他をとられ,もともと○○%と思っていた利益は××%へと目減りしてしまいます.

 それでも,ものの流れにからむだけ売り上げも大きくなるし,「メーカ」としての価格決定権もあるのでこういうケースは良いのかもしれません.やりたくてもものの流れに入れないと,自分が企画して設計した製品なのに,形式的にはほかの人が作って売って,自分には価格決定権すらない,ということにもなりかねません.

●リスクを避けてIPを売りたい

 そういうもの作りのリスクを避けるために割り切ってしまって,「知的所有権を売るタイプのベンチャ企業」を目ざす,というのもまた多いですね.売るのはいわゆる「IP(Intellectual Property)」です.製造に関わる「リスク」から無縁でいられるので身軽に動けます.ここでの問題は,どれだけの「イニシャル・フィー」や「ロイヤルティ」が取れるか,という問題になってきます.

 製造と消費が同じ会社なのか,別なのか,どちらからお金をいただくのかという問題もありますが,基本的にIPを使う側にしたら,そのデバイスを使用した最終製品がヒットしたときに,うなぎのぼりにロイヤルティを支払う,といった状況は避けたいと思うのが必然です.また,ロイヤルティは最終製品の価格に直接はね返ってきますから,当然ながら抑えたい.

 これに対して,IPを売るベンチャとしては,ロイヤルティは高くしたい,製品の数が出たらそれに比例してお金をもらいたい,と思います.

 でも,ロイヤルティは,ベンチャがIPを設計して,それを相手に納め,相手が製品を作って売るまでお金になりません.IPの設計着手から実際の製品が売れるまで1年や2年,へたをすると数が出てまとまった金額になるまで何年もかかるというようなことがままありえます.また製品になればいいですが,途中で相手の企画がボツになったりすると目もあてられません.とても製品化まで待てないですね.

 そこで,妥協として,「イニシャル・フィーを大めにください」,ということになります.IPを納めた時点でお金をいただくのですが,買う側にすれば当然,イニシャル・フィーを払ったのだから,「あまりロイヤルティは払えない」とか,へたをすると「ロイヤルティなし」,みたいな条件になることもありえます.すると,応用製品がヒットして数が出ているのに,一銭も入ってこない,といった悲しい状況になってしまいます.結局,資金が乏しい,ということが足枷になって,十分な利益を得られる構造に持ち込めない,ということになります.

●「目利き」のキャピタリストはどこに?

 それならばいっそ「だれかいっぱいお金を出してくれないかな」ということで,スポンサを探しましょう.ここで,米国のような「目利き」のできるキャピタリストがいれば良いのですが,残念ながら日本ではあまり「目利き」のできるような人は資本の出し手側にはいらっしゃらないようです.

 日本の場合,キャピタリストにしてもメーカが投資するにしても個人レベルの「目利き」でお金を出すようなことはありえません.いろいろな基準に照らし,合議を経て行われます.

 このため「あまりに突飛な製品アイデア」だと,当然ながら市場調査の情報もアナリストのレポートもないので,理解されないように思われます.ある程度「いけそうだ」といった情報が存在している分野でないと,まずだめでしょう.ただし,その程度の情報が存在している分野には,たぶん海外に5,6社はすでにベンチャが参入しており,製品化を虎視たんたんと狙っている,ということが普通だと思います.当然,この開発競争に勝ち抜かないと目はでません.

 キャピタルの出し手が,純然たるキャピタリストでなく,メーカであったり,商社であったりした場合,ベンチャ企業とキャピタルの出し手のギャップが露わになることがあります.

●それでもベンチャが面白いわけ

 ベンチャにしたら,ある特定の狭い分野で勝ち抜くことのみが会社のスコープですが,大手メーカや商社では全体のビジネスの中での位置づけとか,社内での人事などさまざまな要因があり,場合によっては向こうの都合で「お金を出している意味がなくなった」ということになる可能性がままあります.あくまでも「ワン・ノブ・ゼム」ですから.でもお金が出なくなったベンチャは「ジ・エンド」となります.

 ベンチャに辛い状況ばかりを書き連ねてしまいましたが,会社全体がある方向,ある技術,ある製品だけに向かって走れるベンチャは,各事業,各部門にいろいろな利害関係をもってせめぎあっている大企業よりも,「やりがい」も見つけやすいし,その分野の技術も深まるように思えます.

 ただ,だれかの都合で「解散」とかいうのは本当につらいなあ...

 

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