MATLAB/Simulinkの最新応用事例が続出 ―― MATLAB EXPO 2008

福田 昭

tag: 組み込み

レポート 2008年12月 8日

  制御系設計ソフトウェア「MATLAB/Simulink」の開発企業である米国The MathWorks社と同社の国内総代理店サイバネットシステムは,2008年12月3日,顧客向けの講演会兼展示会「MATLAB EXPO 2008」を開催した(写真1).会場はザ・プリンス パークタワー東京(東京都港区).総来場者数は1,887名.

p1.jpg
[写真1] MATLAB EXPO 2008の会場受け付け

 MATLAB EXPO 2008では,9トラック~11トラックの講演が並行して進められる.すべてのトラックを聴講することは不可能なので,本レポートでは特に注目を集めた,あるいは興味を引いた展示物や講演などにしぼって内容をお届けする.

●ディジタル信号でスピーカを直接駆動

 展示会場で来場者の注目を集めていたのが,技術開発企業であるトライジェンス セミコンダクターが出品したフルディジタル・スピーカ技術「Dnote」である.

 通常のディジタル・オーディオ再生では,ディジタル音声信号をD-A変換器LSIでアナログ音声信号に変換し,パワーアンプでアナログ信号を増幅してスピーカに入力する.これに対して同社が開発した「Dnote」技術は,スピーカを直接,ディジタル信号で駆動する.スピーカのコーン紙といった機械振動系がD-A変換器の役割を果たすという.アナログのパワーアンプを省くことで,駆動電圧が下がるとともに消費電力が低くなる,IC(半導体集積回路)にまとめやすくなる,指向性を与えやすくなる,といった利点が生じる.

 展示会場では,サブウーハや小型スピーカ,スピーカ・アレイなどを展示し,オーディオCDを音源とするディジタル音声信号を再生してみせていた(写真2).また,6個のボイスコイルを取り付けたフルディジタル・スピーカを試作し,展示会場に出品していた(写真3)

p2.jpg
[写真2] 「Dnote」技術を適用したさまざまなスピーカを展示していた
スピーカは既存のものを流用している.

p3.jpg
[写真3] 6個のボイスコイルを取り付けたフルディジタル・スピーカ(試作品)
展示会場に出品していた.

 午前の講演トラックでは,トライジェンス セミコンダクターの取締役を務める安田 彰氏が「MATLABを用いたフルディジタルスピーカシステムの開発の実例」と題した招待講演を行い,フルディジタル・スピーカ技術「Dnote」の概要を説明した.

 講演によると「Dnote」は二つの技術で構成されている.一つは「マルチビットΔΣ変調器」,もう一つは「ミスマッチ・シェーパ」である.

 マルチビットΔΣ変調器は,D-A変換に伴う量子化雑音の周波数特性を変更することで,オーディオ帯域の信号対雑音比(S/N比)を高める技術である.具体的にはΔΣ変調器によって直流~音声帯域の低い周波数領域の雑音を小さくし,音声帯域または可聴域を超える高い周波数領域の雑音を大きくする.この結果,オーディオ帯域のS/Nが向上する.

 ミスマッチ・シェーパは,スピーカを複数のチャンネルで駆動するときに,チャンネル間の出力ばらつきを抑える技術である.すべてのチャンネルを駆動し,利得を変えることでボリュームの変化に対応する.こうするとチャンネル間の出力ばらつきは相互にキャンセルされ,ほぼゼロになる.

 ディジタル音声信号はまずマルチビットΔΣ変調器に入力され,続いてミスマッチ・シェーパを通り,スピーカへと至る.ΔΣ変調器を含む全体のモデルをSimulinkを使って作成し(写真4),シミュレーションによって特性を評価した.この部分ではミスマッチ・シェーパによって低周波領域の雑音が低減されることが示された(写真5)

p4.jpg
[写真4] 1次ΔΣ変調器のSimulinkモデル

p5.jpg
[写真5] ミスマッチ・シェーパの効果
赤色の曲線はミスマッチ・シェーパを使わないときの特性,青色と水色はミスマッチ・シェーパを挿入した場合の特性である.

●頭で考えただけでマシンを操作

 次に,キーボードやマウスなどを使わず,頭の中で考えた操作をマシンが実行するブレイン・マシン・インターフェース技術の講演を紹介する.慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 専任講師の牛場 潤一氏は,「念じるだけで動く『ブレイン・マシン・インターフェース』の最前線」と題した招待講演を行った.

 牛場氏の研究室では,脳波を測定してパソコンやディジタル家電,ロボットなどのマシンを操作する研究を進めている.同研究室は,大脳で手足などの運動をつかさどる領域(運動野)の頭皮に電極を貼り,脳波を測定してパソコンを操作するシステムを開発した(写真6).下肢と右手,左手に相当する3カ所に電極を取り付け,インターネットに接続したパソコンで3次元仮想コミュニティ「セカンドライフ」内のアバター(仮想コミュニティ内における自分の分身)を散歩させてみせた(写真7).右手(左手)を握る動作を考えるとアバターが右(左)に向きを変える.両足を動かす動作を考えると,アバターが前に進む.

p6.jpg
[写真6] 開発したシステムの仕組み
脳波を測定してMATAB/Simulinkで解析し,SoC(system on a chip)経由でUSBデバイスを動かす.

p7.jpg
[写真7] 研究室の学生が脳波でアバターを散歩させているところ
学生がパソコンのキーボードに触れていない点に注意されたい.ヘッドセットを頭につけて脳波を測り,アンプで増幅する.脳波の電圧振幅は5μV~10μVだという.

 牛場氏は慶應義塾大学 月が瀬リハビリテーションセンター慶應義塾大学 医学部 リハビリテーション医学教室の専任講師も兼ねており,医工連携で研究を進めている.研究室の学生(健常者)が脳波でアバターを散歩するシステムを開発できたことから,手足が不自由な方(障害者)の協力を得て脳波でアバターを操作する実験も試みた.手足が不自由な方のアバターが向きを変えて研究室の学生のアバターのところまで進むという操作をお願いしたところ,アバターをうまく移動させることができた.

 また,テレビ画面の外枠に発光ダイオード(LED)を取り付け,LEDを見つめることでテレビを操作する実験も試みた(写真8).LEDはテレビ画面の上と右,左の合計3カ所に取り付ける.LEDの点滅周波数はすべて異なる.大脳で視覚を司る領域は後頭部なので,後頭部の頭皮に電極を貼り付けて脳波を測定する.被験者が見つめるLEDの(点滅周波数の)違いによって脳波の周波数に違いが現れるので,この違いを利用してテレビを操作する.上のLEDが電源のON/OFF操作,右のLEDがチャンネルを上げる操作,左のLEDがチャンネルを下げる操作となる.肢体が不自由な方にこのシステムを試してもらったところ,実際にテレビの電源を入れてチャンネルを操作し,電源をOFFにすることができた.

p8.jpg
[写真8] 点滅する発光ダイオードを見つめることによってテレビを操作する実験の様子

 これらのシステムはすべてSimulinkを利用して学生が開発した.Simulinkの優れたところは,直観的なインターフェースを備えること,トライ・アンド・エラーで設計が進むこと,機能とツールボックスが豊富なことだと述べていた.教員が学生を構わなくても学生が自主的に開発を進めてくれることや,グラフィカル・ユーザ・インターフェース(GUI)を構築できることなどもSimulinkの長所に挙げていた.

 Simulinkの不満な点は,コストが高いこと,処理が遅いこと,コンパイルが不十分なことだという(写真9).牛場氏の研究室には教員と学生を合わせて19名おり,19名分の初期導入コストと保守コストを確保するのは容易なことではないとしていた.処理の遅さは,高度な処理ほど途中で止まりやすく,しかも条件が不確定であることが問題だとした.実験の途中でシステムが停止してしまうと被験者はいらつき,実験担当の学生は泣きたくなる,ということもあったという.このため,理想的な処理アルゴリズムが搭載できず,「だいたいこのくらいなら動くだろう」といった処理アルゴリズムで妥協しているとする.コンパイルについては,ランタイムが必要であること,ランタイムのファイルが数百Mバイトと巨大であること,バージョンの保守に手間がかかることを不満な点として挙げていた.

p9.jpg
[写真9] 牛丼とMATLAB/Simulinkの比較

 なお次回のMATLAB EXPOは,2009年12月2日に開催される予定である.会場は今回と同じ,ザ・プリンス パークタワー東京となる.また2009年6月30日をもってMATLAB製品の国内販売代理店契約が終了し(サイバネットシステムの発表資料を参照),2009年7月からはThe MathWorks社の日本法人がMATLAB製品を扱う.このため,MATLAB EXPOの主催者もThe MathWorks社の日本法人に変わるもよう.


ふくだ・あきら
テクニカル・ライタ/アナリスト
http://d.hatena.ne.jp/affiliate_with/

組み込みキャッチアップ

お知らせ 一覧を見る

電子書籍の最新刊! FPGAマガジン No.12『ARMコアFPGA×Linux初体験』好評発売中

FPGAマガジン No.11『性能UP! アルゴリズム×手仕上げHDL』好評発売中! PDF版もあります

PICK UP用語

EV(電気自動車)

関連記事

EnOcean

関連記事

Android

関連記事

ニュース 一覧を見る
Tech Villageブログ

渡辺のぼるのロボコン・プロモータ日記

2年ぶりのブログ更新w

2016年10月 9日

Hamana Project

Hamana-8最終打ち上げ報告(その2)

2012年6月26日