「組み込み技術者教育」の理想と現実(3) ―― 人材育成の戦略的取り組みと技術者個人の自立を

渡辺 のぼる

tag: 組み込み

コラム 2008年11月17日

 "いざなぎ景気越え"と言われるように,日本経済はバブル後の復活を果たした感があります.自動車やデジタル・カメラなどの高付加価値機能が広告などでアピールされるようになり,これに付随して,組み込み技術にも注目が集まっています.

 組み込み技術に携わる人材不足が問題となっていますが,これについて業界や国のレベルでさまざまな取り組みが始まっています.JEITA(電子情報技術産業協会)は,「組込み系ソフトウェア開発の課題分析と提言」を発表し,業界としての方向性を提示しています.JASA(組込みシステム技術協会)は,エントリ・レベルの知識を対象とした「組込みソフトウェア技術者試験」の提供を始めています.経団連(日本経済団体連合会)は,「高度ICT(情報通信技術)人材養成のための拠点大学院設置」として専門職大学院の設置を始めています.経済産業省は,通称"サポイン法"と呼ばれる「中小企業ものづくり基盤技術の高度化に関する法律」を制定し,中小企業のものづくりに関する技術開発と人材育成の支援を始めています.

 また,経済産業省では「組込みソフトウェア開発力強化推進委員会」,および情報処理推進機構内に設置した「ソフトウェア・エンジニアリング・センター(IPA/SEC)」の「組込み系プロジェクト」として,エンジニアリング強化と人材強化に関する取り組みを行っています.筆者はこのIPA/SECにて「組込みスキル標準(ETSS)」の策定と普及・啓発に従事しています.

 エンジニアリングの強化という観点では,組み込みソフトウェア向けのコーディング作法や,開発プロセスおよび開発計画書の標準形式などが経済産業省やIPA/SECから提供されています.

 このように経済・産業,業界,人材育成などの状況を見ると,組み込み技術については追い風が吹き,順風満帆の状況にも思えます.しかし,それは正しい認識なのでしょうか.

 「開発の現場や将来の人材という面では,暗雲が漂っている」と,筆者は思っています.

●競争力低下,開発現場の苦労,なり手不足

 マスコミは,頻繁に日本企業の競争力危機を唱えています.自動車やデジタル・カメラ以外の機器の世界における日本のシェアは低く,組み込みシステムのトレンド・リーダである携帯電話端末のシェアも,全世界で見ると10%に達していません.薄型テレビも韓国メーカに追い上げられており,半導体産業も元気がありません.これらは,日本人技術者の高い人件費や,日本企業の横並びの事業戦略および製品群が影響しているのかもしれません.

 開発現場では,技術者不足が一番の課題でしょう.2007年問題として,マイコンを利用し始めた世代の引退が始まっています.働き盛りの20代後半~40代前半の技術者には,心の病や「プロマネ(プロジェクト・マネージャ)にはなりたくない」症候群が増加しています.作業環境の"危険","きつい","汚い"(3Kと呼ばれている)について,必ずしも改善されているとは言えません.さらに若年層の理数系離れに加えて,組み込みシステム開発への就業を希望する若者が少なくなってきています.

 このような状況になると,もはや小手先の対策では対処できません.

●技術者が子どもの目にカッコよく映る世の中に

 人材育成には時間と情熱,そして戦略が必要です.現場の技術者も参加して人材育成戦略を立案・遂行したり,大学による社会人教育や自治体による教育支援を推進することが求められます.

 また,将来の技術者確保も重要な課題です.初等教育において,「組み込みシステム開発とは,どのような仕事か」ということを,子どもだけでなく,先生や親にも知ってもらう必要があるでしょう.ものづくりの喜びや楽しみを知るための体験教育や遊戯・玩具の提供も重要です.高等教育においては,理数系学部への学生の誘導や組み込みシステム開発の体験教育・入門教育の提供を行う必要があります.これらは,単に「教育プログラムを作って終わり」ということではなく,適切な指導者の育成や派遣まで求められます.

 国際的な産業競争力を高めるには,企業としての戦略は重要ですが,それだけでは十分とは言えません.技術者一人一人の取り組みと意識改革が重要です.海外の技術者に負けないスキルアップが求められ,現場においては,地道な改善活動とエンジニアリング手法やツールの利用,OJT(On the Job Training)や"伝承する"テクニックの向上が求められます.

 日本の「ものづくり」のDNAを継承し,開発に打ち込む私たちの背中が子どもたちの目にカッコよく映るような世の中を作りたい.それが筆者の現在の心境です.私たちの家族が幸せに暮らせる環境を創り,守っていくために.


わたなべ・のぼる
独立行政法人 情報処理推進機構 ソフトウェア・エンジニアリング・センター(IPA/SEC)/組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会(SESSAME)
(本コラムはInterface 2007年3月号に掲載されました)

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