計測器メーカが明かす「高速伝送規格との付き合い方」 ―― アジレント・メジャメント・フォーラム2008
世界最大の計測・検査機器メーカである米国Agilent Technologies社の日本法人アジレント・テクノロジーは,顧客向けの技術講演会兼展示会「アジレント・メジャメント・フォーラム 2008」を東京コンファレンスセンター・品川で6月3日~6日に開催した.
アジレント・テクノロジーは2004年に初めてアジレント・メジャメント・フォーラムを開催し,これまで毎年1回,初夏に本イベントを実施してきた.今年(2008年)は5回目の開催となる.
今回は6月3日~4日に「高速ディジタル」を,5日~6日に「ワイヤレス」を主題とした技術講演のセッションが組まれた.興味深いのは,アジレント・テクノロジーだけでなく,半導体メーカや受動部品メーカ,プリント基板メーカなどの代表者が講演することだ.来場者が計測以外の技術情報をまとめて収集できるようにセッションが組まれているのである.例えば高速ディジタル・インターフェース搭載の機器を開発するには,半導体応用やノイズ対策,シグナル・インテグリティ(信号品質の確保),プリント基板設計などの技術情報を必要とする.
Agilent Technologies社は世界各地域に子会社を有する多国籍企業だが,このようなイベントを開催しているのは日本法人だけだという.アジレント・テクノロジーの前身である横河・ヒューレット・パッカードの時代を含めると,同社が日本で計測機器事業を始めてから45年になる.外資系企業とはいえ,日本法人が独自に活動できる範囲はかなり大きいようだ.
アジレント・メジャメント・フォーラム 2008は4日間とも,午前に2件の基調講演が,午後には三つ~四つのトラックに分かれたテーマ別の技術講演が組まれている.本レポートでは,筆者が聴講したなかで興味深かった講演に絞って概要を紹介する.
●通信やエレクトロニクスなどの分野に注力
初日の3日はまず始めに,アジレント・テクノロジーの代表取締役社長を務める海老原 稔氏が主催者を代表して会社概要を説明した.Agilent社のworld-wideにおける事業売上高は2007年度に54億ドル(約6200億円).その中で電子計測部門が35億ドル(約4000億円),ライフサイエンス・化学分析部門が19億ドル(約2200億円)を占める.従業員数は1万9000名で,日本では1200名が働いている.
電子計測部門の地域別売上高比率は,米州が38%,欧州が20%,日本が15%,アジア太平洋地域(日本を除く)が27%である(写真1).4000億円の15%だから,計算上は電子計測部門の日本の売上高は約600億円となる.
電子計測部門の応用分野は「通信」,「航空宇宙」,「エレクトロニクス」の三つに分かれる.通信分野では,ワイヤレスの第3世代(3G)以降に向けた研究開発向けの製品やサービスを提供する.エレクトロニクス分野では,低価格品やアジア地域向けなどの製品によって,計測機器ベンダとして主導的な地位を築いていくと述べた(写真2).
●高速伝送規格標準化団体の主要メンバに
初日の基調講演では「日本のお客様と歩んだAgilent Japanの高速デジタル・アプリケーション戦略の全貌」と題して,アジレント・テクノロジーから米国のAgilent社に出向中の古田卓也氏が講演した.この内容がかなり興味深かったので,少し紹介したい(写真3).
話は2001年以前にさかのぼる.このころのAgilent社は,高速ディジタル・アプリケーションに向けて計測機器の製品を開発することを主体としていた.それが2001年以降は,計測作業に適したソフトウェアを組み込んだ専用計測器(ソリューション)を提供する方向へと変わってきた.そして,高速ディジタル・アプリケーションの最新情報の発信を重視し始め(写真4),さらにはソリューションの提供にとどまらず,サポートにも力を入れるようになった.
ソリューション,サポート,最新情報の発信の三つを一挙に提供する場として講演会兼展示会の「アジレント・メジャメント・フォーラム」が日本法人で考案され,2004年に初めて開催される.
2005年には,高速ディジタル伝送技術の規格仕様策定団体(標準化団体)へ参加するようになる.策定団体の主要メンバに,日本のユーザの声を反映させるためだという.2007年には米国Agilent社の従業員が標準化団体の主要メンバとなり,規格策定の段階から日本のユーザの要望を規格内容に反映できる体制を整えつつある.
これら一連の動きのきっかけとなったのは,高速シリアル伝送規格USBバージョン2.0の登場だった(写真5).2001年にAgilent社は世界で初めて,USB 2.0のコンプライアンス試験に対応した自動判定のソリューション(オシロスコープとソフトウェアの組み合わせ)を開発した.このときに幾つかの問題が明らかになった(写真6).標準規格は米国主体で策定されるため,日本のユーザが情報を入手するタイミングが遅れること,情報を一括して入手する機会がないこと,コンプライアンス試験や相互接続試験(PlugFesta)の手間が大変であること,などである.
こういった問題に単独の企業では対処できない,と同社は考えた(写真7).得意分野を有するパートナ企業と組んでソリューションを提供することにした.情報発信(セミナ)はパートナ企業とともに実施する.米国のPlugFestaには日本のアジレント・テクノロジーも参加する.こういった活動を展開してきた.セミナで発信する内容は,市場の変化に合わせて変更する.初めは規格内容の提供,次は実際の設計と測定の手法というふうに変えていく.
また,標準化団体でどのように活動するべきかについても,古田氏は説明した(写真8).まず,市場の成功(規格の普及)を最優先に活動すること.標準化団体のメンバ全員で市場を立ち上げていく.次に「貢献度」が極めて重要であること.リソース(人員や機材など)と時間をしっかりと投入することが不可欠であること.そして継続性と強い意志が必要である.一度参加し始めたら,会合には必ず参加する.欠席はしない.そして会合の出席者はいつも同じ担当者にする.出席者を代えない.
このような地道な活動が実を結んで,USB規格を主導するIntel社から高く評価されるようになったという.そしてUSB以外の高速ディジタル伝送規格,例えばPCI ExpressやDDR2などでも同様の活動が引き継がれた.PCI Expressではプロトコル・コンプライアンス簡易チェック・ツールをIntel社と共同開発し,DDR2では組み込み用BGAプロービング・アダプタを開発した.
●オシロの帯域は広すぎてもいけない
そして現在では,さまざまな高速ディジタル伝送規格の標準化団体で測定方法を積極的に提案するようになっている.規格に記載している技術仕様のほとんどは,測定方法を具体的に突き詰めていない(写真9).このため,計測機器ベンダによる測定方法の提案が重要性を増しているという.
その具体的な事例として,まず,USB 2.0の測定を紹介した.オシロスコープを代えたらコンプライアンス試験に不合格となった,という事例である.3GHz帯域のオシロスコープでは合格だったのに,より広い帯域を備える12GHz帯域のオシロスコープで測定したら不合格となった(写真10).
オシロスコープの帯域が広くなるということは,より高い周波数領域まで,オシロスコープのノイズ・フロアが広がることを意味する.このためノイズ成分が増大し,コンプライアンス試験で不合格となってしまった.そこでAgilent社は,USB 2.0のコンプライアンス試験に使うオシロスコープの帯域を4GHz以下に制限することを提案した.
続いてPCI Express 2.0の事例を述べた.波形品質の測定では,規格仕様は12.5GHz以上の帯域を備えるオシロスコープを使うことになっている(写真11(a)).ところが,12.5GHzよりも広い帯域のオシロスコープを使うとトータル・ジッタの値が増えてしまうという問題が発生していた.また,オシロスコープ・ベンダによってPCI Express 2.0に推奨する帯域が異なることが混乱を招いていた.さらに,ユーザはPCI Express 1.0の計測のために少なくない金額を投資しており,PCI Express 2.0でも現状の計測インフラをなるべく流用したいと考えていた.
そこでAgilent社がオシロスコープの帯域別にトータル・ジッタを測定したところ,8GHz帯域オシロスコープと13GHz帯域のオシロスコープでトータル・ジッタの値に変化がないことが分かった(写真11(b)).8GHz帯域のオシロスコープでも1.25GHz帯域のオシロスコープでも問題なく測定できることと,16GHz帯域や20GHz帯域といった広い帯域のオシロスコープはPCI Express 2.0の測定には不要であることを示した(写真11(c)).
今後は,PCI Express Gen3,シリアルATA 3.0,USB 3.0といった高速ディジタル伝送技術の測定ソリューションにも積極的に貢献していくという.
●新型オシロの体験コーナを設置
アジレント・メジャメント・フォーラムの会場受け付け前や廊下などには,テーブルトップ形式の展示ブースが設けられ,アジレント・テクノロジーとパートナ企業が高速ディジタル伝送関連の製品を展示した.
アジレント・テクノロジーは「新型オシロスコープ体験コーナー」を設け,2008年2月に発表したミッドレンジのディジタル・オシロスコープ「InfiniVision 7000シリーズ」を展示した(写真12).展示したディジタル・オシロスコープには電源が投入されており,ユーザが操作ツマミなどを動かして反応を体験できるようになっていた.
パートナ企業の展示では,NECエンジニアリングによる「ノイズ可視化システム」のデモンストレーションが目を引いた(写真13).電子部品を実装済みのプリント基板を動作させた状態で,基板表面付近の交流磁界を非接触プローブで走査・計測する.磁界の強度分布をパソコンのディスプレイにカラー表示(マップ表示)するとともに,周波数特性をスペクトラム・アナライザで表示する.空間分解能と測定周波数範囲はプローブによって違う.展示ブースでは,測定周波数帯域が10MHz~3GHz,空間分解能が約0.25mmのプローブを使っていた.
また,ルネサス テクノロジはWireless USBのIPコアを開発してFPGAに実装し,デジタル・カメラ(デジカメ)の動画データをパソコンで再生するデモンストレーションを行った(写真14).USBホスト・コントローラLSI「R8A66597」とFPGA(Wireless USBコア内蔵)をボードに実装した.デジカメとボードの間は有線のUSBで接続し,ボードとパソコンの間をWireless USBで接続した.ただし,電波法の規制があるため無線では伝送せず,代わりに同軸ケーブルを使ってボードとパソコンの間を結んでいた.
ふくだ・あきら
テクニカルライター/アナリスト
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