PHS経由でネットに接続できるEthernetアダプタのファームウェアをハック・前編 ―― 無線インターネット・アクセスを組み込みシステム開発の手駒に

　パソコンをインターネットに接続するだけであれば，ウィルコムから発売されているジャケットの一つである「DD」（写真4）を利用した方が簡単です．これは，USBを利用してパソコンとW-SIMを接続し，Windowsのダイアルアップ・ネットワークでインターネットに接続するための専用ジャケットです．しかしこの方式だと，DDを接続しているパソコンでしか接続できません．

写真4　ウィルコムのUSBジャケット「DD」
W-SIMをパソコンに接続する際に使用するジャケット．USB接続により，パソコンにモデムとして認識される．USBコネクタはコンパクトに本体に固定される構造である．

　本機の特徴は，Ethernetを利用した機器であれば何にでも接続できる点です．本機にルータを接続すると，複数の機器でインターネットへ接続できます．この機能は，展示会や客先に出向いた際，インターネット接続が必要な場合にとても便利です．またHDD（ハード・ディスク・ドライブ）レコーダがインターネット経由で番組表を取得するなど，情報家電の用途でも利用できます．

　最近では企業内のセキュリティ・レベルが向上して，外部から持ち込んだ機器では先方のネットワークに参加できないケースがほとんどです．その点，ダイアルアップ接続を利用する本機であれば，どこからでも自分専用のグローバル回線に出ていけます．いつでもどこでもつなげるEthernetポートを確保できるという意味で，「つないでイーサ」という愛称を付けました．

　しかし，本機の本当の価値は充実したカスタマイズ機能にあります．本誌の読者の皆さんは，それぞれの分野で活躍されている組み込み技術者だと思います．皆さんがネットワークやW-SIMを利用した独自の無線システムを構築したい場合，本機のファームウェアを入れ替えてカスタマイズすることが可能です．

　ここでは本機のカスタマイズ機能を紹介しながら，PHS機能を利用する組み込みシステムの開発手法について説明していきます．

● 1チップ・サーバを搭載

　ユーザが本機をカスタマイズするためには，まず，ハードウェア構造を把握しておく必要があります．本機の内部には，サイレントシステム製のサーバ・モジュール「OS-1」が組み込まれています（写真5）．

写真5　サイレントシステムのサーバ・モジュール「OS-1」
OSX-1に採用されているサーバ・モジュール．これ1個でネットワークを利用した機器を手軽に開発できる．使用しているCPUはFreescale Semiconductor社の「MC9S12NE64」である．

　プログラムの書き込みに特別なツールは必要ありません．Ethernetでプログラムをファイルとして本モジュールに転送してリセットすることで，自動的にマイコンの内蔵フラッシュROMをマイコン自身でプログラム（セルフ・プログラム）します．本モジュールで使用しているチップは，Freescale Semiconductor社の16ビット・マイコン「MC9S
12NE64」です．25MHzのクロックで動作するCPUコアと64KバイトのフラッシュROM，8KバイトのRAMを内蔵しています．また，このマイコンはEthernetのPHY（物理層）とMAC（Media Access Control）の機能も内蔵しています．つまり，1チップでEthernetに直接接続できます．本マイコンの詳しい仕様については，Freescale Semicon-ductor社のWebサイトを参照してください．筆者は，ネットワーク関連のシステムを構築する場合にたいへん便利で興味深いコントローラだと思いました．

　OS-1のメモリ・マップを図2に示します．本モジュールは，設定を記憶したりユーザのデータを格納したりするためのファイル・システム用に，1Mバイトのシリアル・フラッシュROM「M25P80」も装備しています．ユーザのプログラムは一度このファイル・システム内に格納されてからリセット時に読み込まれ，CPUのプログラム領域に書き込まれるのです．

図2　メモリ・マップ
ブート・モニタのほか，SilentMoonと呼ばれる独自OSや，SilentCと呼ばれる開発環境があらかじめ組み込まれている．