「組み込み技術者教育」の理想と現実(1) ―― 開発現場の悩みを察していながら,教育提供の機会につなげにくい

柳 恵太

tag: 組み込み

コラム 2007年6月 4日

 筆者はソフトウェア・ハウスや機器メーカにて,主に携帯電話のソフトウェア開発やプロジェクト管理に携わり,現在は技術者育成のための研修コースやカリキュラムを作成・提供する立場にあります.ここでは,組み込み技術者の教育にあたって筆者らが苦労していることについて述べます.

●「品質」と「テスト」の研修に受講者が集中

 筆者らのような教育会社は,提供するサービス(研修コースなど)をWeb サイトや提案資料などで顧客に告知しています.これらを見た顧客からの問い合わせとして多いのは,「Web で『品質』をキーワードに組み込み技術の研修を検索したら,御社のトレーニングにたどり着いた.内容を詳しく教えてほしい」というものです.組み込みソフトウェアの「品質」に対する関心の高さがうかがえます.

 経済産業省が実施した「2006 年版組込みソフトウェア産業実態調査報告」によると,組み込みソフトウェア技術者が不足している職種として,1 位の「ブリッジSE」(海外と日本企業の橋渡しをするSE)に次いで,「QA スペシャリスト」と「テストエンジニア」が2 位,3 位を占めました.また,「今後の組み込みシステム開発で重要となると考える技術は何か」という調査では,1 位の「通信技術」,2 位の「システム設計」に次いで,「品質マネジメント」が3 位になっています.ソフトウェア開発においてテスト工程の占める割合が増え,ソフトウェアの品質管理が難しくなってきていることを示しています.

 実際に,筆者が担当している研修においても,プログラム開発演習などのコースよりも,品質管理やソフトウェア・テストのコースに人気が集中しています.「品質」という言葉を「テスト」と結び付けるのは,ごく自然な発想です.また,テストは,ソフトウェア・ハウスや機器メーカ,エンジニアの派遣会社など,どの立場の企業でも実施している作業である,ということも理由の一つといえるでしょう.しかし,ここに一つの落とし穴があります..

●悩みは,業界共通の設計手法がないこと

 品質確保の防波堤ともいえる「テスト」が重要な工程であることに疑う余地はありません.しかし,本質的には,品質は"作り込む"ことで実現するものであり,検証作業によって向上するものではありません."作り込む"ということは,開発の各工程で完了基準を満たし,より上流の工程で問題を解決していく,ということです.そのためにはテスト以前の開発工程を着実に遂行する能力が必要となります.

 「擦り合わせ型」の開発という言葉がモノづくりの世界でよく聞かれますが,組み込み機器の開発はこの「擦り合わせ型」の典型です.ソフトウェアとハードウェア,前工程と後工程,ある機能部と別の機能部,発注者と受注者など,非常に多くの場面で擦り合わせの作業が要求されます.これをいかに適切に行うかがプロジェクトの円滑な進行と製品の品質を決めるといっても過言ではありません.

 こうしたことを踏まえて考えると,

・仕様策定や設計の手法
・プロジェクトの擦り合わせ型進行法の会得

といった研修がエンジニアにとって有用であるといえそうです.実際,顧客から引き合いがあったこともあります.組み込みシステムは,機器や開発組織が異なると実現手法が異なります.標準的な設計手法というものがあまりなく,共通して提供できる設計手法のトレーニングを考案することが非常に難しいというのが,筆者の正直な意見です.また,プロジェクト進行に関するトレーニングとして有益な研修コースを用意しても,「開発現場から多くの技術者を一時期にまとめて研修に送り出すのは難しい」という理由により,実施に至らないこともあります.

 開発現場の悩みや教育の需要を察していながら,それにぴったりと合う研修コースを作れなかったり,作れたとしても実施の機会が得られなかったりすることがある,というのが筆者ら教育会社の大きな悩みとなっています.

 しかし,ここは筆者らにとっても死活問題なので,日々アイデアを絞り出し,実用的でかつ受講しやすい教育カリキュラムの拡充を図っています.組み込み技術者が日々格闘を続けて,新製品を世に送り出しているのと同じように,筆者らも苦労を重ねながら前進しているのです.

●研修中の出来事から学ぶことが多い

 研修を実施すると,受講者の方々からいろいろな意見をいただいたり,研修中の出来事の中からさまざまなことを学んだりします.研修コースの中で演習を行うと,受講者の所属する会社によって視点や基準がまちまちであるため,各社各様の回答が導き出されてきます.講義で話した内容よりもさらに細かく厳しい視点で考える人もいます.こちらが勉強になってしまうこともしばしばで,研修コースを実施するごとに事例やノウハウが蓄積され,研修内容もパワーアップしています.

 このようにして得られた広範な知見を,より多くのエンジニアの方々に余すことなく提供していきたいと心掛けています.


やなぎ・けいた
グローバルナレッジネットワーク(株)

(本コラムはInterface 2007年1月号に掲載されました)

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