お部屋探しとシステムLSI(1) ――お部屋探しとシステムLSI
7月に川崎駅前に新しいデザイン・センタがオープンすることになり,マーケティング関係のIさんが転勤してくることになった.きょうはその部屋探しで青物横丁駅で待ち合わせ.北品川から青物横丁にかけての一帯は,東海道五十三次の最初の宿場町.街の雰囲気が好きで,そのことをIさんに話したら,まずは青物横丁近辺で物件を探したいということになった.Iさんは初めての関東進出で,右も左もわからない人.部屋探しってのは探検みたいで楽しそうなので,同行させてもらうことにした.
改札を出ると,汗をふきながらこちらを見て会釈している人を発見.不動産屋さんの担当のHさん.開口一番,「暑いですねー」で名刺交換.その日は,所によっては気温が体温を越えたそうだ.
不動産業務研修中のKさん運転の車に乗っていざ出発.Kさんは,先輩であるHさんの指示に従って住宅街にくるくると車を滑り込ませていく.わたしの目から見ると道幅が車より狭いような所でも,ミラーをたたんで,するりするり.
何件か見て回ったが,この時期この近辺,転勤シーズンもひと段落して,あまりいい物件がなく,ほかのブロックに移動.たまに大通りに出て,スーっと走っては近隣の不動産屋さんで鍵を借りて,また住宅街へ潜りこむ.海で素潜りしているみたい.担当のHさんが広い範囲の町の構造をご近所レベルで把握していることに,ただただ感心.そういえば,ベテランのタクシーの運転手さんにも感心.
* * *
いろいろ感心しながら街並みを見ていて,変なことを思いついた.人を信号,部屋をトランジスタとすると,家やマンションがマクロ・セルに見えませんか? 町には家やマンション,アパートが10,000セルくらいあって,その中には商店などの機能もあり,相互に信号線(道路)が走っている.そこを,信号が自転車や車に乗って走り回っている.
ここ川崎の人口は125万人.ゲート換算すると100万ゲート規模のシステムLSIと同じ.黄色いNANBU-bus(JR南武線)が,T(東芝),N(NEC),F(富士通)といった巨大IPコアを接続している.IPコアの引っ越しやイベントの開催(ソフト変更)があると,信号の流れが変わる.ダイヤを変更したり,道路を太くしなきゃならなくなったりする.ビルの新築,人の移動,終電,イベント情報という観点で,不動産屋さんやタクシーの運転手さんはシステムの仕様をよく理解している.特に不動産屋さんは,仕様変更屋さんなんだなぁと思う.
* * *
外部から転入してくるIさんや「東京近辺のことはまかせて」と言っておきながらまったく役に立っていないわたしがシステムを素早く理解するにはどうすればよいか.そう,カーナビである.わたしはカーナビというものを近くで見たことがないのだけれど,鳥の視点で街を見下ろしたり,食べ物屋さんやガソリン・スタンドが矢印で指し示されたりするのだそうだ.
そのしくみをシステムLSIの検証ツールに利用するってのはどうでしょう? IPコアやほかの部署が作成したブロックの接続や入出力信号のクロッキングの関係がカーナビ感覚で見れたら...(IPコアにはナビ情報をつけて流通させよう!).さらに3次元ディスプレイでバーチャルな空間の中に何人かの検証エンジニアがいっしょに入って,路上観察するように信号線の上を歩きながら,変な接続を見つけるレビューを行ったり,テスト回路の入りかたを確認したり,信号線にぷすっと旗を立ててForceして,遠くのブロックにいるエンジニアに信号変化を確認してもらうってのはどう?
いわば,「3 次元仮想空間シミュレーションEDAツール」.
飛行機に乗って高度100m以下(レジスタ・トランスファ・レベル)でfor文を書くと,団地がワーっとできる.高度100~1,000m(ビヘイビア・レベル)で速度優先スケジューリングだと団地になったり,ラーメン博物館になって,面積優先だと旅館で予約待ちになったり,行列ができるラーメン屋さんになったりする.高度が高いといろいろな仕様が試せるし,ツールにまかせると思いがけず,「ラーメン旅館」ができたりしてサイズが小さくなる可能性もでてくる.
* * *
無事,いい物件が見つかり,I さんの引っ越し先が決定.次のお部屋探しはNANBU-bus沿いがターゲット.
(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2001年10月号に掲載されました)
◆筆者プロフィール◆
さめしま・まさひろ.高速ディジタル回路のコンサルティングやEDAツール関係のしごとに従事.