日本人気質が設計環境の研究・開発を妨げている!? ――情報処理学会, SLDM研究会パネル討論から
2001年9月26日~28日に,山口大学(山口県山口市)で第63回情報処理学会全国大会が開催された.その中で,同学会「システムLSI設計技術研究会」の発足30周年を記念してシンポジウムが開かれた.今回は研究活動の紹介や特別公演と併せて,「LSIの設計品質はCADツールの使いこなしが決める!」と題したパネル討論会が開かれた.
現在,日本のLSI設計で利用されるEDA(電子系CAD)環境について,ほぼ100%米国製のツールおよび関連技術が使用されている.今回のパネル討論会では,EDAツールの日本での開発の是非について議論が行われた.あらかじめ「CADツールは使えれば,日本で研究開発する必要はない?」,「なぜ日本籍のEDAベンダがほとんどないのか」,「日本人主体でCADの研究開発はできる?」,「ソフトウェア開発環境との融合はどうする」,「結局どうすればCADの研究ができるのか」という質問が用意され,これに答える形で討論が行われた.
司会は,東京大学大学院でシステム・レベル合成や論理合成の研究に従事する藤田昌宏氏である.さまざまな角度から議論するため,パネラとしては,大学のEDA技術研究者の立場から九州大学の安浦寛人氏,ソフトウェア研究者の立場から豊橋技術大学の高田広章氏,EDAツール開発企業の立場からSTARC(半導体理工学研究)の吉田憲司氏,EDAベンダの立場から米国Cadence Design Systems社Berkeley Laboratoriesの渡部悦穂氏,EDAユーザの立場から富士通の谷澤哲氏が本討論会に参加した.
●米国ユーザと比べてハンディが大きい
まず,「CADツールは使えれば,日本で研究開発する必要はない?」という質問に対するパネラの答えは,いずれも「ノー」であった.「EDAツールが日本製だろうが米国製だろうが,LSIを期日までに設計しなくてならない.だから,今は米国製を使わざるをえない.EDAユーザの立場としては,LSI設計者の意見を取り入れながら,われわれの隣でEDAツールを開発してもらうのがいちばんなのだが...」と富士通の谷澤氏は述べた.
STARCの吉田氏も,EDAツールは使えさえすれば米国製でかまわないが,米国のユーザと比べると,ことばや時間,距離などのハンディが大きいと述べた.また,同氏は,将来,EDAツールによる設計結果について,知的財産権問題が発生する可能性があることを指摘した.つまり,LSI設計において,EDAベンダが提供した設計技術に対して権利が主張される可能性があるという.
STARCの吉田氏
一方,Cadence社の渡部氏は日本企業とのやりとりの難しさを指摘した.「EDAベンダとの共同研究や開発に対して,日本の企業は金は出すが,人と時間は提供してくれない.大企業になるほど社内の情報に対して口が固くなるのは,日本も米国も同じだ.しかし,例えばIntel社などは,設計情報はいっさい漏らさないが,EDAベンダとの共同開発に人数を割いて,より良いEDAツールを開発するための環境を整えている」と同氏は語った.
●大企業の課題,大学の課題
EDAベンダが日本で育たない理由として,産学協同によるEDA研究の推進に努めているSTARCの吉田氏は,設計者の意識と大学教育,日本の社会基盤に問題があると述べた.ほかのパネラも,この意見に賛同した.九州大学システムLSI研究センターの安浦氏は情報工学教育を再編しなおす必要があると述べた.「従来の学問ももちろん必要だが,情報工学を教える大学の2,3割は,アプリケーション指向の授業を行っても良いのではないか」(同氏).
米国の大学で学んだ渡部氏は,同氏の大学院時代のエピソードを交えながら,社会人の再教育の増加が学生への良い刺激になると語った.「大学院の授業でSRAMの設計を行うことになったが,アクセス時間の短いものから成績をつけると言われて頭を悩ませた.一方,その授業にはIntel社のi486プロセッサの設計を行っていた人も参加しており,その設計能力の差を見せつけられた」(同氏).
Cadence社の渡部氏
日本の大企業の「終身雇用制度」や「技術の囲い込み」がEDAツール開発の妨げになっているいう意見も出た.「日本人には,『よらば大樹の陰』という気持ちがある.設計者にもそれは当てはまり,新しい企業を起こそうにも失敗したらどうしようとか,人は集まってくれるのだろうかと考えてしまい,なかなか着手できない.人や技術が自由に流動する環境が日本には根付きにくいのではないか」と富士通の谷澤氏は述べた.
●日本の技術者の意識を変えることが必要
今回のパネル討論会では,日本におけるEDAツールの研究開発の遅れの原因として,大学教育と企業体質の二つに焦点を絞って議論が行われた.また,それらは異質であることを嫌ったり,多数であることが良いと考える日本人の性質そのものに起因しているという悲観的な意見も出た.逆に本来勤勉で協調性があるという日本人の特性を生かすことにより,日本独自の技術開発は可能であるという意見も出た.「日本の設計者に足りないのは,自信と意欲と執念」(STARCの吉田氏).
「企業内の他部署間あるいは他企業間での共同プロジェクトの立ち上げと,それに設計者が積極的に参加し,意見を交換するような環境作り」というのが,EDAツール開発だけでなく,これからの日本の半導体産業の発展のためのかぎであるというのが,パネラの一致した意見だった.