逆境の韓国半導体,危機感をばねにIP流通で産学官が協力 ――第1回Asia-Pacific System on Chip(AP-SOC)Conference報告

大嶋 洋一

tag: 半導体

レポート 2001年9月 5日

 DRAMビジネスで失速中の韓国半導体業界において,システムLSIビジネスに産官学で取り組む活動が本格化しています.韓国ハイニックス社(旧現代電子)の危機的経営状況に代表されるように,韓国半導体産業は,現在,たいへんきびしい状況に立たされており,半導体市場における韓国メーカの存在感が薄れていると感じる方も多いでしょう.しかし,そんな逆境の中,SIPAC(System Integration & Intellectual Property Authoring Center)という半導体IP(大規模回路ブロックの設計データ,シミュレーション・モデルなど)の技術,法的保護,流通などに関する機関が発足しました.システムLSIを主軸に据え,新しい産業構造へ生まれ変わろうという試みがスタートしました.

 今回,筆者はSIPAC主催のAsia-Pacific System on Chip(AP-SOC)Conferenceにゲスト・スピーカとして参加する機会を得ました.そこで感じた韓国半導体産業の危機感をばねとする真剣な取り組みを,コンファレンスの内容とともに紹介したいと思います.

●韓国知的財産権庁が半導体IP流通促進の機関を支援

 本コンファレンス(図1)は,2001年8月23日に,韓国のDaejeonで開催されました.これは韓国における半導体IPを中心としたシステムLSI関連の学会で,本年が第1回目の開催です.主催であるSIPACは,2001年4月に発足しました.韓国の科学技術系大学院大学として設立されたKAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)のHoi-Jun Yoo教授をはじめ,各大学の半導体設計関連を専門とする大学関係者らが参加しています.KAIST内に事務局が設置されており,財政面では韓国知的財産権庁(KIPO:Korea Intellectual Patent Office)が支援しています.

 Yoo教授は,オープニング・スピーチの中で,SIPACの役割について説明しました.それによると,SIPACは半導体IPの流通機関になることを最終的なゴールとしています.半導体IPの開発について,啓蒙・支援活動と,半導体IP流通に関する法的諸問題に対する検討を進める機関であると紹介しました.

 本コンファレンスは,毎年,各国,各分野の専門家を招き,半導体IPに関わる流通,技術,法的な課題について議論する場として,継続的に開催していく予定だそうです.

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〔図1〕コンファレンス会場風景(会場はKAIST内,参加者は約100人程度)

●半導体IPを三つの側面から解説

 本コンファレンスの内容を分類すると,

1)半導体IPの流通関連
2)半導体IPの法的保護関連
3)半導体IPの技術関連

 という三つのカテゴリに分けることができます.ここでは,各カテゴリごとに紹介したいと思います.

1) 半導体IPの流通関連

 半導体IPの流通については,IP製品の品質評価を行っている日本企業IPTC代表の森祥次郎氏,設計技術関連の情報サイトを運営しているフランスのDesign & ReuseJean-Michel Proust氏,IPEAN社のIn-Hag Park氏が発表を行いました.

 森氏は,技術面について,半導体IPの技術的評価の重要性について言及しました.半導体IPに品質評価情報を付加することで,ユーザに対して信頼度の高い半導体IPを提供することが重要になることを強調しました.一方,法務面について,IPTCが特許などに留意したコンサルティング・サービスを行える体制にあることを紹介しました.技術面と法務面の双方について,実際のビジネスの現場で起こりうる問題に対してきめ細かく対応しようという姿勢が感じられました.

 また,Prout氏からは,半導体IPの流通の入り口にあたる情報提供サービス(いわゆるIPカタログ)のビジネス・モデルの紹介がありました.フランスに拠点を置いていることもあって日本の設計技術者にはあまりなじみのない組織かも知れませんが,欧州を中心に100社以上のIPベンダの情報を提供している企業です.欧州の半導体IPの調達を検討する際には,有益な収集の場になると思います.

 一方,Park氏は,半導体IPをディジタル・コンテンツの一種と捉えて,ネットワーク経由で流通させるシステムを紹介しました.半導体IPを販売する際には,供給側からデータ転送されたものをユーザの手元で評価する方法が一般的ですが,IPEAN社の製品(Flowrian)は,リモート・サーバをデータ・センタとし,自らのデータをサーバ側に送って処理する点で,これまでのアプローチと異なります.ただし,「自らの設計データをサーバに送ることに対する不安をいかに払拭するか」という問題を抱えているように思いました.

2) 半導体IPの法的保護関連

 半導体IPの法的保護については,筆者を含めて3名の講演者から発表がありました.

 まず,韓国の弁護士であるJae-Jin Pyo氏が,半導体IPのビジネス契約書の基本について解説しました.内容的には,NDA(non disclosure agreement),LOI(Letter of Intent)などの標準的な契約手法についての説明でしたので,技術者の方にはわかりやすい内容だったと思います.ただ,逆に,あまり具体的な問題点が指摘されなかったことから,実際のビジネスの現場では,まだ,具体的な契約にからむ問題がほとんど発生していないのではないかという印象を受けました.

 次に,韓国の弁理士であるKyeong-ran Lee氏が,半導体チップ保護法をベースにした,ソフトIPを含めた半導体IP全体の保護の可能性を探る提案について紹介しました.開発時期に応じてきめ細かく分類しながら解析がなされており,法的保護の可能性を議論する内容としてはとても興味深いものでした.ただ,ルール作りがとにかく必要という前提条件には,議論の余地が残っているように感じました.

 3番目は筆者の発表でした.筆者自身,半導体IPを法的に保護するにあったって,現在の知的財産権各法(特許法,著作権法,トレード・シークレット,半導体チップ保護法など)における法的保護の可能性と問題点について紹介しました.また,半導体IPビジネスを考える上で,今後,PLDをハードウェアのプラットホーム・デバイスとして検討するべきではないかという考えを述べました.現行法では,法的保護が不十分であるという説明から,「それでは,法的保護のために立法すべきではないか」という質問もありましたが,筆者自身は「法律は技術に追いつけるものではなく,ルールを乱造することは足かせとなる可能性が高い.まずは技術開発を優先して,不十分ながらも,現時点では,現行法を最大限活用するべきである」と回答をさせていただきました.

3) 半導体IPの技術関連

 技術面の話題では,NECの山品正勝氏からシステムLSIのビジネスについての発表が,また,韓国Samsung Electronics社のJeong-Taek Kong氏からEDA技術についての発表がありました.

 山品氏は,半導体IP利用の有用性を半導体ユーザの立場から説明しました.モバイル機器市場が発展するという見通しを示し,LSIの低消費電力化がよりいっそう重要になると述べました.また,低消費電力技術は,性能重視の設計技術とは異なり,多方面に渡って各特性を最適化する必要があるため,特定技術に焦点を絞った半導体メーカよりも総合半導体メーカのほうに部があるという見解を示しました.

 一方,Kong氏はSamsung社における半導体IPの利用環境を紹介しました.Samsung社の利用環境の説明は,ほぼ,日本の半導体メーカが心がけている内容に等しいという印象を受けました.また,「Samsung社自身が半導体IPの販売を行う可能性があるか」という問いに対して,「IP自身を外販するという意図がなく,IPユーザに徹する」と回答していました.

●若手エンジニアに活気がある

 本コンファレンスを通じて,印象深かったのは以下の3点です.

 第1点目は,本コンファレンスがたんに半導体IPの技術面に関する議論だけでなく,流通関係者や法律専門家を招いて多面的に議論を進めていた点です.今回のスピーカ9名のうち,IP流通関係者が3名(日本のIPTC,フランスのDesign & Reuse,韓国のIPEAN),法律関係者が筆者を含めて3名でした.聴講者のほとんどが技術者であることを考えると,IP流通や法的保護に関する話題を積極的に取り入れようとしている点がとても新鮮に映り,半導体IPの特性を多面的に捉えようという姿勢が感じられました

 第2点目は産学官の友好的な協力関係です.SIPACのメンバは,大学教授陣で構成されているため,現在の所属先はさまざまですが,みんなKAISTという教育機関で勉強したという同窓のネットワークを持っており,このネットワークが非常に有効に機能しています.また,Daejeonという地域自身がサイエンス・パークとして開発されたことから,地域的にも数多くのベンチャ企業が当地に存在しています.そのため,先端技術をビジネスに結びつけようという意識を持った聴講者が多く,韓国版シリコンバレーという雰囲気を感じました.

 第3点目は若手エンジニアの活気です.聴講者の大半はKAISTの大学院生および周辺大学の技術者たちですが,みんな,20代から30代くらいの年齢で,機会があれば自らベンチャ企業を興そうという意気込みが感じられる質問が多数出てきました.またSIPAC自体も40代のYoo教授が筆頭なのですから,いかに若手のメンバが集まっているか,ということがわかると思います(図2)

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〔図2〕講演後,熱心に質問する聴講者に応対する筆者(写真右)

 たしかに,最近の韓国の半導体産業は,ファウンドリ・ビジネスで台湾に先んじられ,アジア諸国内で国際競争力を落としているように見えます.しかし,こうした状況からの脱却を図るため,総力をあげて,積極的にシステムLSIや半導体IPのビジネスに取り組んでいこうという姿勢が感じられました.近い将来,SIPACという組織が軌道に乗れば,その成果が実を結ぶのではないかと予感させる熱気あふれるコンファレンスでした.


大嶋 洋一
KITAL(Korean Institute of Technology and the Law),International Advisor

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〔図3〕SIPAC関係者とスピーカ

参考URL
AP-SOC Conference
SIPAC(System Integration & Intellectual Property Authoring Center)
KAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)
KIPO(Korea Intellectual Patent Office)

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