組み込みソフトウェアの危機に処方せん

筏井 美枝子

tag: 組み込み

コラム 2001年8月10日

 筆者らは,2001年6月13日~15日に高知市で開催されたソフトウェアシンポジウムにおいて,「ソフトウェア工学は組み込みソフトウェアを救えるか?」というテーマのパネル討論会を企画した.ここでは企画者の1人として,本パネルを企画した背景を紹介すると同時に今後の展望について言及したい.

●テーマは組織の枠を超えた技術交流の場から

 ソフトウェアシンポジウムは,ソフトウェア技術者協会(SEA:Software Engineers Association)が主催するソフトウェア工学の研究・討論会である.同協会は,非営利の任意団体であり,ソフトウェア・ハウス,コンピュータ・メーカ,計算センタ,エンド・ユーザ,大学,研究所など,それぞれ異なった環境に置かれているソフトウェア技術者やソフトウェア研究者が,社会組織の壁を越えて自由に交流しあうための「場」として,1985年12月に設立された.ソフトウェアシンポジウムは,SEAの前身母体である旧ソフト協技術委員会の時代から,年1回の定例イベントとして開催され,今年で21回目を迎えた.

 組み込みシステムの分野については,地元にメーカ系企業が多いSEA名古屋支部が,一昨年の秋から関連の話題を多く取り扱っており,メーリング・リストで活発な議論を行っている.今回のパネル討論も,名古屋支部における議論がきっかけとなって企画された.

●求められる高品質,厳しい現状

 では,今,なぜ組み込みシステム開発の現場で危機が叫ばれているのか?

 最大の要因は,インターネットの時代に入って,組み込みシステムそのものが従来と大きく変わってきたことにある.つまり,従来の組み込みシステムが小規模でシンプルなものが多かったのに対して,現在の組み込みシステムは,外部システムと通信し合うなど,複雑で多機能なものへと変化してきており,従来の少数精鋭かつ職人技に頼った開発では立ち行かなくなってきている.

 加えて,メーカ間の競争は熾烈をきわめ,納期や開発コストは削られる一方ということになれば,十分な品質を確保できないまま,製品を市場に出荷せざるを得ない場面も出てくる.その結果,今回のパネル討論のパネリストである和田喜久雄氏(NEC静岡)が指摘しているように,莫大な金額をともなう回収騒ぎが発生する.

 では,こういった組み込みシステム開発の現状に対して,ソフトウェア工学は,なにか有効な解をもたらしてくれるのだろうか?

●処方せん候補にフォーマル・メソッド

 今回のパネル討論では,企業側からは開発の現状と問題点,ソフトウェア工学の実用性に対する障害などを,研究者側からはホットな工学手法による事例や将来的な展望を提示してもらう設定だった.ソフトウェア工学の範ちゅうにはさまざまな開発手法やツールが存在する.とは言え,すべての手法の有効性をこういった場で検討し合うのは現実的ではない.そこで,今回は,高信頼性ソフトウェアの開発を目指す仕様記述言語として期待の高い「形式手法(フォーマル・メソッド)」に代表出場してもらった.

 ちなみに,形式手法は,20年以上前から研究・実践されてきた数学に基づく方法論である.欧州や米国では,大規模システムの構築に使われてきており,高信頼性ソフトウェアの仕様作成において実績がある.その一方で,日本ではほとんど普及しておらず,SEAではsigfm (Special Interest Group on Formal Method)という分科会を結成して,日本での普及活動に力を入れている.今回の組み込みシステムの開発現場の危機にも,形式手法が有効な手段となるのではないかというのが,企画サイトの期待であった.

●助走は成功,今後に期待

 討論の経過については組み込みネット編集部による取材記事を読んでいただくとして,パネル討論会の企画スタッフとしての感想と今後の展望について述べてみたい.今回のパネル討論はテーマの導入という位置づけであり,組み込みシステム開発が置かれている現状の厳しさが参加者に伝わったと同時に,ソフトウェア工学的手法による有効性が感じられたという点で,十分に成功だったように思う.

 しかし,具体的な解に向けてのアプローチという観点から言うと,まだまだ助走段階でしかない.というのも,組み込みシステムに限らず,新しいソフトウェア開発手法が現場に導入され実績を上げる道のりは容易ではない.なぜなら,技法の未熟さや技術者のスキルの向上といったシンプルかつ直接的な問題以外にも,開発プロセスに関わるさまざまな問題が複合的に出現するのが常だからだ.

 ということで,願わくば,今回のパネル討論をきっかけにして今後も議論が続き,さらに踏み込んだ検討や実験がなされ,導入の水先案内となるような多くの事例が次の機会に紹介されることを期待したい.なお,SEA名古屋支部および sigfmでは,これからも引き続きこのテーマを扱い,有効な解に向けての議論や技術交流の場を作ると同時に,本稿の続報という形でその後の進展を報告したいと思っている.


◆筆者プロフィール◆
筏井 美枝子(いかだい・みえこ).奈良女子大学大学院理学研究科修士過程卒業.1980年株式会社エス・アール・エー(SRA)入社.1983年米メリーランド州に赴任し,要求仕様支援ツールM-Box(Modeling Box)の研究開発に従事.帰国後,構造化分析・設計手法のコンサルティング,CASEツールStPの導入支援などを行う.この10年は,社内技術情報誌編集長として社内の技術移転に努める.SEAにおいては,幹事,「若手の会」実行委員長,「ソフトウェアシンポジウム」プログラム委員,SEA名古屋支部事務局などを務める.1996年にSEA名古屋支部の運営実行委員会KIUIを結成,東海地区を対象とした技術交流のための活動を行う.2001年7月SRA退社.現在フリー.

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