ソフトウェア開発者の必携本 ―― 『プロセッサを支える技術』
『プロセッサを支える技術』 |
日本人が著したプロセッサ技術の解説書としては,もっとも優れた本だと断言します.翻訳書としての優れたプロセッサ技術解説書はこれまでにもありました.しかし,翻訳本の副作用ともいえる生硬な日本語と付き合う気力が,読み続けるためには必要でした.こなれた和文による読みやすい技術書を評者は待ち望んでいました.
本書は2010年,つまり,著者の執筆時点での最新のプロセッサ技術を網羅しています.そして非常に読みやすい文章で構成されています.技術者,あるいは元技術者が記した技術書に少なからず見られる難解な表現や怪しい日本文はまったくみられません.最新のプロセッサを構成している数々の要素技術をきちんと整理し,体系付けしてあります.
そしてこの本の凄いところは,「プロセッサ開発」のための技術書ではなく,「プログラム開発」のための技術書であることです.プログラムの開発者は,プロセッサ・ハードウェアのすべてを知っておく必要はないですし,そのための時間はそもそも,与えられていません.だが,知っておくべきことはあります.あるいは知っておくと,プロセッサによる処理時間が短かくなるプログラムを書けるようになる事柄はあります.本書はそのための知識を効率良く吸収できるツールです.例えば,多忙な開発エンジニアが効率良く学べるように,短いプログラムの例があちこちにちりばめられていて,参考になります.
もちろん,プロセッサ技術を学びたい方や,プロセッサの歴史に興味がある方,プロセッサの中身がどうなっているかを知りたい方にとっても,本書の内容は分かりやすいし,とても役に立つでしょう.
本書の分かりやすさは,各章の章立てが一貫していることにもよります.1章と2章でプロセッサの全体像を集約して記述してあり,本論と呼べる3章以降では,プロセッサ・アーキテクチャ,仮想化,マルチプロセッサ,プロセッサ周辺(メイン・メモリ,入出力装置),GPGPUの技術を詳しく解説しています.1章と2章は3章~7章の本論をまとめた要約であり,あらかじめ世界情勢を教えてもらってから各地域の詳しい情勢を教えてもらうように,各章のつながりと役割分担が非常に明快なのです.
これは,著者がたった一人であることが大きいと思います.一人の頭の中で体系付けされた知識が,1冊の本に具現化しているからです.数名の著者が各章を分担した技術解説書にしばしばみられるような,視点のばらつきや内容の無駄な重複がまったくありません.ただし,ここまで高度で幅広い内容を一人で書ける日本人そのものが希有な存在だと思いますので,とりあえずはその僥倖(ぎょうこう)に感謝しています.
本書が重点的に解説しているのは,x86アーキテクチャのプロセッサとRISCアーキテクチャのプロセッサです.これらのプロセッサを対象とするプログラムの開発者には,必携の書だといえましょう.そしてプロセッサについて論じたり,プロセッサについて語ったりする人にとっては,必読の書となるでしょう.
ふくだ・あきら
テクニカルライター/アナリスト
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