インテグリティな技術コラム(12,最終回) ―― 差動伝送のクロストーク・ノイズ
●4×4のマトリックスから求める
次に,近似計算ではなく,きちんと波動方程式から解く方法について述べます.
本コラムの第11回でも少し触れましたが,結合4本線路には,図7のように四つの伝搬モードが4本の線路をある比率で伝搬します.
そして各伝搬モードは,それぞれの特性インピーダンスと伝搬遅延(伝搬速度)を持った右行波と左行波が伝搬します.線路mの電圧と電流は,以下の式で表されます.
.....(5)
.....(6)
ここで,amnは図7に示すように線路mを伝搬するモードnの信号の振幅,unはモードnの波の伝搬速度,Znはモードnの波の特性インピーダンスを示します.Am1とAm2は元の波動方程式を解いた際の積分定数で,ωの関数です.従って,線路mの電圧と電流は,以下のようになります.
.....(7)
.....(8)
これらの式に図8の境界条件を代入すると,式(9)の8元の連立方程式が得られます.
この連立方程式は,解くのにうんざりするような計算量となりますが,辛抱強く計算していけば,解くことができます.ここで得られたAm1とAm2を式(7)に代入すると,任意の場所における電圧が角周波数ωの関数として求まります.これは周波数関数なので,フーリエ逆変換することによって電圧の時間応答を求めることができます.
式の計算経過やフーリエ変換についての説明は割愛しますが,筆者のホームページでExcelシートを公開しているので,ご活用ください(http://home.wondernet.ne.jp/~usuiy/ で「解析ツール」→「差動クロストーク」を選択).
●広いパルス幅で解析して全体を理解
図9は,広いパルス幅による解析例です.クロストークや反射の波形解析は,実際のパルス幅で解析する前に,十分に広いパルス幅を使って全体を理解することをお勧めします.
図9から,ドライバの形式によってクロストークの極性が異なることが理解できます.すなわち,電流源ドライバのLVDS(Low Voltage Differential Signaling)の場合,クロストークは加害者#1とは逆の極性,すなわち,#1の立ち上がりに対して負のクロストークとなります.電圧源ドライバのPECL(Positive Emitter Coupled Logic)の場合は#1と同じ極性,すなわち,#1の立ち上がりに対して正のクロストークとなります.整合ドライバのCML(Current Mode Logic)の場合には,ほとんどクロストークが発生しません.
重ね合わせによる近似計算との比較では,図7のパラメータで,PECLの場合,波動方程式から解いた 0.135に対して近似計算では0.146です.LVDSの場合,-0.165に対して近似計算では-0.161が得られました.ただし,CMLの場合,-0.008の計算値に対して近似解は0.036となり,差が開いています.近似計算では,引き算によるけた落ちが生じているものと推測します.
図10は実際に近い例です.
狭いパルス幅の場合,立ち上がりによるクロストークと立ち下がりによるクロストークが重なり合って,ドライバと同じパルス幅のクロストークとなります.また,線路の往復時間経過後に,最初のクロストークとは逆極性のクロストークが生じます.図10の破線で表したノイズが重なって,実線の波形になることを理解してください.
●パルス幅と線路の往復時間が等しくなると振幅は2倍に
Excelで簡単に解析できることが分かると,パルス幅や配線長を変化させることによってクロストーク・ノイズがどのように変化するかを調べることが容易になります.図11はその代表的なもので,パルス幅と線路の往復時間が等しくなった例です.
クロストーク・ノイズは,最初の赤いパルスによって同じパルス幅の逆極性のノイズが生じた直後に,線路の往復時間,すなわちパルス幅だけ遅れて,極性を反転したノイズが生じます.このタイミングと,緑のクロストークが重なって,クロストークの振幅が2倍となります.この現象は,パルス幅と往復時間の整数分の1が等しい場合にも起こるので,十分に考慮しておく必要があります.
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長らくご愛読いただいたコラムも,今回が最終回です.まだまだ書き足りないような気もしますが,読者の皆さまから,こんなテーマについて書いて欲しいといったご要望があれば,また書かせていただきたいと思っております.
ご愛読ありがとうございました.
うすい・ゆうぞう
シグナル インテグリティ コンサルタント
http://home.wondernet.ne.jp/~usuiy/