Mr.M.P.Iのプロセッサ・レビュー ――スモール・ベースボールならぬスモール・デザインのススメ
本稿を書き始める前,WBC(World Baseball Classic)で盛り上がっていた裏で,いくつかの「延期」報道が流れていた.新しいDVDドライブが間に合わないという理由でソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のプレイステーション3の販売が延期になったこと,そしてWindows Vistaの発売が延期になったこと,などである.
SCEのほうは直接的には開発遅れとは言えないだろうが,Windows Vistaのほうは,明らかに開発遅れのようだ.Windowsのほうが関係している人々が多いので,その是非をめぐってネット上は大騒ぎのようだが,プレステ3のほうも,大枚はたいてソフトを開発している会社は予定が狂ってたいへんなのではないだろうか.
アナリストではないので,そうした「延期」報道の株価への影響やら,ほかへの波及やらをあれこれ述べてもしようがないが,いずれにせよ計画の狂いは良い兆候でないことは確かである.そんな中で任天堂の新版DSも一部の色のモデルの製造が間に合いません,というニュースがあった.それそのものは良いことではないのだが,このDSとそのソフトに対して感じたことがある.ソフトを作っている方には失礼だが,たいしたソフトでもないのに,大のおとながけっこうはまっているのを見かける.従来のゲーム機ユーザ以外で根強いファンを獲得しているようだ.それを見るにつけ,DSのソフトの方向性は一つのヒントになるのかなと感じた.
●SOCという名の巨大開発に巻き込まれる
「たいしたソフトでもない」と失礼なことを書いたのは,プレステ3向けに開発されているはずの「巨大な」ゲーム・ソフトにかけられている開発費と比べての話である.DSのソフトにも,多くの人員とそれなりのお金はかかっていると思うが,その成功は「シンプル」なアイデアに多くを負っており,道具立てそのものの巨大開発のお陰ではない.主流派の巨大開発に発想で対抗しているように見えるのだが,どうだろうか.
振り返って半導体の世界を見てみると,ご多分にもれずSOC(system on a chip)という名の巨大開発に巻き込まれている人が多い.年々SOCの規模は増大し,それに応じて開発費用がべらぼうに上昇しているのは,皆さんご存じのとおりである.数十億円かかるSOCなどというのも,今ではそう珍しいものではない.
こうした開発費の高騰は先行きの不安を募らせる.そのうえ,SOCのライフ・タイムの短さといったらどうだろう.巨額の開発費をかけても数年もてば良いほうである.陳腐化の速度も尋常ではない.ただでさえリスクの大きくなっているSOC開発だが,どこか一つの不調で全体がスリップし,そしてビジネスそのものがとんざしかねない.となると業界の悪い癖で,勧進元の半導体会社から外注下請けまで,夜も眠らず,とんでもない日程で綱渡りを繰り返すのである.
●DSのソフトに倣ってスモール・デザイン
これを課題と感じるのならば,開発費の高騰を抑え,開発効率を引き上げる方法を考案するのが本道だろう.実際,そういうしごとに従事されている方も多いようだ.しかし,ここではあえて別のことを言いたい.巨大開発ではない小さな開発,けれど発想を変えてアイデアで特徴を出す「スモール・デザイン」をみんなでやってみたら,と.DSのソフトを見ながら,何百億円もかかるような巨大開発でなくても商品価値を上げる設計は,実はいろいろあるはず,と確信してしまったのである.
もちろん,巨大開発が必要なことも認めよう.しかしそれは,インフラに類する部分の開発であって,一つ一つの個別の商品に適用するようなものではないだろう.例えばOSなどはそういう類のものかもしれない.米国Microsoft社には悪いけれど,そういうインフラは,ある日突然,みんなでいっせいに切り替えるような性格のものではないと思う.適用するべきところを選び,時間をかけて整備し,置き換えていくような性格のものだろう.であれば,発売日を決めていっせいに新製品を発売するという今のやりかたは,ちょっとビジネスの要求に偏りすぎているように思う.
同じようにSOCについても,インフラになりえるようなプラットホームの開発には巨大開発が必須だ.社会にせよ,産業にせよ,インフラにお金と時間をかけるのは理にかなっている.
これに対して,発想の転換で新需要を喚起したり,新たなビジネス・モデルを実現するスモール・デザインで付加価値を付けていく,あるいは細かなノウハウを重ね合わせて,まねのできないレベルの技術に高めていく.これは,巨大プロジェクトの歯車になって,全体も見えずに振り回されているよりも,はるかにやりがいがありそうだ.巨大SOC開発を行っても日本の半導体業界全体に漂う閉塞感は打破できないのではないか,と思う今日このごろなのである.
ここは一つ,スモール・ベースボールならぬ,スモール・デザインに回帰してみてはいかが?
(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2006年6月号に掲載されました)
◆筆者プロフィール◆
M.P.I(ペンネーム).若いころ,米国系の半導体会社で8ビット,16ビットのプロセッサ設計に従事.ベンチャ企業に移って,コードはコンパチ,ハードは独自の32ビット互換プロセッサのアーキテクトに.米国,台湾の手先にもなったが,このごろは日本の半導体会社でRISCプロセッサ担当の中間管理職のオヤジ.