Mr.M.P.Iのプロセッサ・レビュー ――「性能」,「平均」,「差異化」

M.P.I

tag: 組み込み

コラム 2005年12月28日

 今回は,表題の三題話(!?)について書かせていただく.製品の「差異化」は多くの設計者に課せられた使命であり,各種見積もりに基づいて差異化できる設計方針を組み立てることは設計者にとって非常に大事なことである.賢明な読者諸氏にはそれなりの方式があり,日々のしごとで使い分けていると思うのだが,ふだん面と向かって議論されない部分なので,あえて取り上げる.

●「足して割る」を無批判に受け入れていないか

 まずは「性能」である.製品を企画し,設計するには,性能の見積もりや定量評価が必須である.いまや古典になった感のある,かのHennessy & Patterson 著,"Computer Architecture : A Quantitative Approach"も性能の定義式を説明するところから話を始めている.定量的な性能評価の手法はそれぞれの分野で繰り返し説明されてきているので,ここではくどくどと書かない.1点指摘しておくとすれば,ルーチン・ワークになってしまったあげくのボーンヘッドで事にあたり,本質的に何の性能を評価し,見積もっているのかというポイントを外して検討している事例が散見されることである.

 設計のトレードオフを評価するために"各種"性能を見積もろうとしたとき,けっこうまちがって使われていそうなのが「平均」である.たいていの場合,複数の評価指標を総合して見積もって設計方針を立てるということになる.それぞれの指標による性能を個別に見積もって,その結果をそのまま合計したり,算術平均をとって議論してはいないだろうか.

 どうも,「足して割る」という操作に関して無批判に受け入れる土壌があるようだ.これは,学生時代に国語と英語と数学の点数を足して割る的な操作に慣れてしまっているためではないかと想像される.たとえて言えば,国語と数学などはx軸とy軸のようなもので,各評価軸は直交していると考えるべきだろう.つまり,テストの総合的な指標はベクトル値になる.であれば,各要素xとyを「足して割る」というような操作は明らかに不自然だ.

 また,性能の場合は,測定単位(時間,クロック数)を共通にして算術平均を計算すると,数値が大きくなる指標のウェイトが上がってしまい,数値が小さい指標は意味を失ってしまう.設計のトレードオフ評価では評価軸が複数あるほうが普通なのだから,その取り扱いには注意するべきであろう.

●ユークリッド距離による評価がお勧め

 SPECベンチマークなど,コンピュータの性能を見積もるために複数の指標を組み合わせる手法では幾何平均をとるものが多い.幾何平均は値を掛け合わせてべき乗根をとるから,それぞれの評価軸は独立して比較される.すべてのベンチマークの結果を総合して性能の優劣を探る場合には,これで良いように思われる.

 しかし,何でも幾何平均をとれば良いというものでもない,と筆者は考えている.端的なものは「差異化」の問題である.幾何平均は総合的な良さという点では良い指標になるが,ある指標を悪くしてでもほかの指標を良くして他社製品との差異化を図りたいといった局面では,実はまったく役に立たない.どちらかというと,実際に直面する設計ではそういうケースのほうが多そうである.

 複数の評価軸を定量的に見積もるという観点では,筆者としてはユークリッド距離(例えば(x2+y21/2)をとるのがいちばん良いと思っている.例えば,他社製品と自社製品の差異化の度合いを見る場合,基準となる製品の指標からのユークリッド距離を計算すればわかりやすい.また,原点からのユークリッド距離を見るだけでも,その設計の特異性を判断できる.テストの点数にたとえて説明しよう.国語が50点,数学が50点の場合と,国語が10点,数学が90点の場合は,算術平均ならどちらも50点になる.一方,原点からのユークリッド距離を求めると,前者は約71点,後者は約91点となり,後者のほうが特異性が強いことがわかる(つまり,製品として差異化しやすい).ちなみに幾何平均だと前者は50点,後者は30点となり,総合力では前者のほうが優位となってしまう.

 算術平均では差がわからない.幾何平均ではむらのあるものが落ちてしまう.ユークリッド距離なら,多少の穴があっても得手のあるものが上にくる.どれを採用するかで方針がかなり変わってしまうことがわかるだろう.ユークリッド距離の場合,コンセプトの違いからある軸での評価が不能で,とりあえず特定の軸の評価をゼロと見なさざるを得ないケースでも計算できるため,幾何平均よりも応用範囲が広いと思う.筆者がお勧めする理由である.

 今回,テストの点数の話ばかりしてしまったが,もし気になったのなら,設計の評価指標の計算方法を見直してみてはいかがだろうか.案外,何も考えないまま算術平均をとっていたりするのではないだろうか.そして,知らぬ間に,実は特徴のあるものを落とし,平凡なものをとってしまっているのかもしれない.まあ,差異化と言っても,売れる方向への差異化かどうかまでは数値は示してくれないので,結局は「人間の判断」しだいなのだとは思うが....

(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2005年10月号に掲載されました)


◆筆者プロフィール◆
M.P.I(ペンネーム).若いころ,米国系の半導体会社で8ビット,16ビットのプロセッサ設計に従事.ベンチャ企業に移って,コードはコンパチ,ハードは独自の32ビット互換プロセッサのアーキテクトに.米国,台湾の手先にもなったが,このごろは日本の半導体会社でRISCプロセッサ担当の中間管理職のオヤジ.

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