オープンとフリーは同義にあらず ――『フリーソフトウェアと自由な社会―Richard M.Stallmanエッセイ集』

坂村 健

tag: 組み込み

書評 2003年8月28日

オープンとフリーは同義にあらず

f1.jpg

Richard M. Stallman 著
長尾高弘 訳
アスキー刊
ISBN:4756142818
21×14.8cm
375ページ
3,200円(税別)
2003年5月(初版第1版)



 本書は,GNUプロジェクトやGPL(The GNU General Public License; 一般公有使用許諾書)で有名なFree Software Foundation(FSF)の創立者リチャード・M ・ストールマンによる評論,エッセイ,講演集である.本文は20章に分かれているが,雑多な構成なのでどこから読んでもかまわない.ストールマンの主張はほぼこの本で網羅されており,彼がなぜこのような考えかたに至ったかがよくわかるし,最近話題になったソフトウェア特許や著作権の問題についても論じている.

●ストールマンが主張する「フリー」の意味

 ストールマンは,ソフトウェアはすべてフリーであるべきだという運動を20年近く続けてきた.フリーとは「無料」ではなく「自由」を指す.つまり,彼の言うフリー・ソフトウェアとは,以下のような自由を持つソフトウェアを指し,ソース・コードにアクセスできることが前提となる.

  • プログラムを任意の目的のために実行する自由
  • プログラムの動作するしくみを研究し,自分のニーズに合わせて書き換える自由
  • 隣人を助けるためにコピーを再配布する自由
  • プログラムを改良し,改良点を公開して,コミュニティ全体の利益を図る自由

 ストールマンはフリー・ソフトウェア普及のためにコピー・ライト(著作権)と対立する「コピー・レフト」という概念を生み出した.コピー・レフトはプログラムに著作権があることを明示し,「頒布条件を変更しない場合に限り,プログラムおよびそれから派生したプログラムのコードを利用,変更,再頒布する権利をすべてのユーザに与える」という再帰的な頒布条件を課している.つまり,著作権法という著作権者の権利を守る法律を利用して,プログラムを自由に利用,変更,再頒布できる巧みなしかけを作り出した.その実現方法の一つがGNU ソフトウェアなどに見られるGPLである.いわば,法律を利用して資本主義社会にソフトウェアの電子共産制を持ち込もうとしたのだ.

 コンピュータ誕生当時のソフトウェアはフリーだったが,時代を経るにつれてクローズになっていった.コンピュータ・サイエンスの専門家はそれを快く思わず,ストールマンの行動に共感を示し,支援もした.ストールマンは自分が正しいと思ったら敵を作ることをいとわないようだ.ちなみに本書には収録されていないが,米国The SCO GroupがUNIXを不正に使用したとして米国IBM社を訴え,Linux使用の1,500社に対してもUNIXの権利を侵害している可能性があるという書簡を送った最近の一連の騒ぎについても,ストールマンは積極的に発言し,もちろんSCOを非難している.

●私有ソフトを認めつつ,社会の利益を考える

 ただ,1980年代初めの時点で,ストールマンには巨大企業にただ1人で立ち向かうドン・キホーテの感があったことは否めない.それがGNUソフトウェアや1990年代に盛り上がったLinuxを始めとするオープンソース運動により,IT(information technology)業界に一定の影響力を持つようになってきた.LinuxはGPLで配付されているので,Linuxビジネスにかかわる企業はGPLを無視できない.組み込み分野でもLinuxの地位は高まりつつある.ただ,Linuxなどのオープンソース・ソフトウェアもSCO騒ぎに見られるように,ほかからコピーしていないことを立証する必要に迫られそうなことが心配だ.

 筆者は,2001年の武田賞受賞のときにストールマンと席を同じくした.教祖と言われるだけあって,理屈っぽい人物である.「Linuxは,カーネル以外はGNUなのでGNU/Linuxと表記してほしい」と言っていたことが印象的だ.隣にいたライナス・トーバルスは,その場ではなんとも言わなかった.あまり仲がよさそうでないのは確かである.

 みなさんは本書を読んでどう感じられるだろうか.筆者の立場は,「言っていることは過激であるが,主旨にはおおむね賛成.だが,私有ソフトウェアをまったく認めないという主張にはちょっとついていけない」といったところだ.ソフトウェアはできるだけオープンであるべきだが,必ずしもストールマンの言うフリー・ソフトウェアになるべきだとは思わない.企業を積極的にオープンなソフトウェアに参加させるためには,もっと制約の緩いしくみが必要だ.

 ちなみにTRONでは,改良したソフトウェアの開示の義務はない.だから,「組み込みLinuxをITRONの上で動かしてGPLの制約を逃れる手法」などにも利用されているようだ.ただ,短期的には公開できなくても企業は永遠ではない.長い時間が経過すれば,私有ソフトウェアであっても保守・維持のためにすべて開示するべきであり,それが社会全体の利益になる.

 人類の知的財産であるソフトウェアを永久に残すためには,ストールマンの考えかたを知っておく必要がある.


坂村 健
東京大学教授,トロン・プロジェクトリーダー

組み込みキャッチアップ

お知らせ 一覧を見る

電子書籍の最新刊! FPGAマガジン No.12『ARMコアFPGA×Linux初体験』好評発売中

FPGAマガジン No.11『性能UP! アルゴリズム×手仕上げHDL』好評発売中! PDF版もあります

PICK UP用語

EV(電気自動車)

関連記事

EnOcean

関連記事

Android

関連記事

ニュース 一覧を見る
Tech Villageブログ

渡辺のぼるのロボコン・プロモータ日記

2年ぶりのブログ更新w

2016年10月 9日

Hamana Project

Hamana-8最終打ち上げ報告(その2)

2012年6月26日