標準化関連の発表でユーザに衝撃走る第40回Design Automation Conference ――OSCIの方針転換,e言語の巻き返し,SPIRITの発足
2003年6月2日~6日,米国カリフォルニア州Anaheimにて,LSIの設計自動化(EDA:electronic design automation)に関する国際学会/展示会「40th Design Automation Conference(DAC)」が開催された(写真1).EDA業界では,このイベントに合わせて,標準化組織が1年間の成果や今後のロード・マップを発表することが慣例となっている.
今回のDACでは,SystemCの標準化・普及推進団体であるOSCI(Open SystemC Initiative)がリファレンス・シミュレータの事実上の開発中止を宣言するなど,EDAユーザを困惑させる標準化関連の発表が相次いでいる.
●OSCIが活動を段階的に縮小へ
OSCIは,SystemC言語のLRM(language reference manual)をIEEEに提案し,同言語がIEEE標準への過程を進み始めたことを受けて,今後,同団体の活動を段階的に縮小していくことを明らかにした(写真2).言語標準化の活動はIEEEにまかせ,OSCIはSystemCユーザの意見の取りまとめと新規要求のIEEEへの提案に活動を絞っていく.これに伴って,同団体が無償で提供していたリファレンス・シミュレータの今後の開発を中止する方向で議論が進んでいるという.「IEEE標準が決まる前に,OSCIのリファレンス・インプリメンテーションが開発されるのは道理に合わない.ただし,IEEEへ提案する前に,SystemCコミュニティがプロトタイプとしてのインプリメンテーションを開発するのはOK」(OSCIのPresidentで米国Synopsys社 Strategic Programs, Libraries and SystemC, DirectorのKevin Kranen氏)というのが,OSCIのリファレンス・シミュレータに対する基本姿勢のようだ.
これに対して,「EDAベンダは自社のツールを売りたいがために,無償ツールの開発を中止しようとしている」という見かたが出てきている.また,米国Synopsys社など,有力EDAベンダのリーダシップに期待してOSCIに参加したユーザからは,OSCIの活動の縮小によって「SystemCの普及・推進活動が停滞するのではないか」という不安の声も上がっている.
ただし,リファレンス・シミュレータの開発中止についてはOSCIのステアリング・コミッティの間でも十分なコンセンサスが取れていないようで,EDAユーザ側のメンバ企業の間から,EDAベンダの今回の発表に関するミス・リードを非難する声も上がっている.また,SystemCツール・ベンダの米国Forte Design Systems社が,リファレンス・シミュレータ開発の継続に名乗りを上げる動きも出てきている.
リファレンス・シミュレータの件を除けば,OSCIの活動は全般的に順調に進んでいるように見える.OSCIでは,2003年5月に,TLM(transaction level modeling)ワーキング・グループを発足させた.言語仕様は変更せず,トランザクション・レベルでバスやネットワークをモデル化する際に利用できるAPI(application programming interface)を策定する.ディジタル信号処理など,アルゴリズム・レベルでの仕様の検討が必要なアプリケーションを除けば,大半の設計はトランザクション・レベルから始まることになるという.「これまでゲート・レベル,RTLの次に来る設計抽象度はCであると言ってきた.しかし,これは違っていた.正確にはトランザクション・レベルと言うべきだった」(OSCI,Chief Strategy Officeで米国CoWare社ChairmanのGuido Arnout氏).
言語ワーキング・グループによるSystemC 2.1言語仕様(現在のバージョンは2.0.1)の開発は遅れているもよう.2.1では,エラー・レポートや動的プロセス生成の機能が強化される.2003年内には本仕様を公開したいという.
●Verisity社のe言語がIEEE 1647へ
機能検証ツール・ベンダの米国Verisity社は,検証言語標準のたたき台として同社のe言語を採用したプロジェクトが,IEEE Design Automation Standards Committee(DASC)によって承認されたと発表した.DASCは,IEEEのEDA関連規格のとりまとめを担当している技術部会である.今回の標準化が完了した場合,策定された検証言語にはIEEE 1647という番号が割り当てられるという.
機能検証関連の言語仕様については,Accelleraがすでにプロパティ言語「PSL/Sugar」を策定している.PSL/Sugarの仕様は,米国IBM社のプロパティ言語Sugarを起源としている.一方,同団体はPSL/Sugarのサブセットに相当するアサーション記述を含む設計言語「SystemVerilog」も策定している.このアサーション記述はSynopsys社が中心となってまとめているOVA(OpenVera Assartion)の仕様が元になっている.
昨年のDACでは,SystemVerilogがOVAを採用すること,PSL/SugarとSystemVerilogの構文(シンタックスとセマンティクス)を共通化していくことなどをAccelleraが発表した.それまで,Accelleraが支持するSugar陣営とSynopsys社が支持するOVA陣営は互いに相手の言語仕様や標準化活動を非難し合っていたため,両陣営の態度の急変とAccelleraの方針の不明瞭さが物議をかもしていた.
一方,e言語はユーザからの支持は高かったが,ポイント・ツール・ベンダであるVerisity社の独自言語と見られていたため,どちらかと言うと影の薄い存在だった.今回の件では,このe言語が台風の目となった.IEEE標準のe言語とAccellera標準のPSL/Sugar,そしてもうひとつのAccellera標準であるSystemVerilogのアサーション記述.システム・レベル設計言語に続いて,検証言語の世界も,言語一本化と言うには程遠い状況になりつつあるようだ.
●IPデータベース標準化を目指すSPIRITが発足
IPコア関係では,新たにSPIRIT(Structure for Packaging, Integrating and Re-using IP within Tool-flows)と呼ばれる標準化団体が結成された(写真3).これは,IPコアのデータベースを構築する際に必要なメタデータ記述(XMLのタグ)と,EDAツールがIPコアのデータへアクセスするためのAPIを標準化する団体である.主にRTL以上の設計抽象度を対象としており,例えばハード・マクロのレイアウト情報などは扱わないもよう.
SPIRITの創設メンバは,英国ARM社,米国Beach Solutions社,米国Cadence Design Systems社,米国Mentor Graphics社,オランダRoyal Philips Electronics社,STMicroelectronics社,Synopsys社である.創設メンバの中に日本企業は含まれていない.SPIRITのChairmanは,Philips社 Director of Platform Infrastructure DepartmentのRalph von Vignau氏が務める.
Mentor社によると,今回のメタデータ記述やAPIについては,同社のIPコア管理ツール「Platform Express」に利用されている技術仕様がたたき台になっているという.ARM社,Philips社,STMicroelectronics社はIPコアの具体的な設計データを提供するもよう.
IPコア関連の標準化団体としてはVSI(Virtual Socket Interface)アライアンスが存在する.SPIRITは,VSIアライアンスとは別に設立された.VSIアライアンスの中で標準化作業を進めるより,SPIRITにおいてある程度完成度の高い仕様を策定し,それをVSIアライアンスやIEEEへ提案したほうが,普及が早まると判断した.SPIRITでは,2003年末までに標準仕様案をまとめる方針.