開発システムの品質向上に貢献できる技術ドキュメントについて考える ―― ASDoQ大会2012

Tech Village編集部

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レポート 2012年10月12日

●文書で目的を達成することと論理的であることのバランスをとる

 名古屋大学 情報科学研究科 教授の戸田山 和久氏は,「『よい文書』とは何か――技術文書の論理と倫理」と題した講演を行った(写真4).戸田山氏は科学哲学を専門としており,大学の授業では,エンジニアの卵である学生たちに技術者倫理を教えている.

 

写真4 講演を行う戸田山 和久氏(名古屋大学 情報科学研究科 教授)

 

 

 技術者には,個人が持つべき倫理とは別に,技術者特有の倫理(技術者倫理)が必要とされる.その理由は二つある.一つは,技術者が権限や裁量を持つ専門職だからであり,もう一つは,不特定多数(集団)のための製品を,チーム(集団)で開発するからである.つまり,一般にいう倫理が「殺すな」,「嘘をつくな」などの個人対個人のものとして定められているのに対し,技術者倫理は集団対集団を前提とする必要があるという.

 技術者に求められる倫理とは,技術者としての仕事をきちんと行うことである.「きちんと」の中には,自分の行為(設計上の判断など)がどれだけの影響を及ぼすかを考慮することも含まれる.また,チームで仕事を行うのだから,チームでコミュニケーションをとる必要がある.しかし,コミュニケーションは軽視されがちで,コミュニケーション不全のために設計ミスや事故を引き起こしてしまう例が多いという(写真5).

 

写真5 設計者が描いた図面とできあがったもの(出典:畑村 洋太郎;『続々・失敗の設計』,日刊工業新聞社,1996年11月)

作りたかったものは左右対称の形状をしているため,設計者は二つの断面の形状を一つの図に表し,「AOB断面」という言葉で表現した.しかし製造者にはその意図は伝わらず,異なる形状のものが出来上がってしまった.

 

 

 技術者倫理が提唱される背景には,専門知識を持つ技術者に対して,事故を起こさないように注意してほしいという思いがある.1999年9月に茨城県那珂郡東海村で起きたジェー・シー・オーの臨界事故では,作業員がバケツでウラン溶液を扱っていたことが判明し,世間は「なぜ,こんな信じられないことをしたのか?」とあきれた.しかし,事故の原因をよく調べてみると,もともと定められていた手順から段階的に逸脱していったという経緯があり,また,元の手順について「なぜ,この手順でなければならないのか」が伝わっていない,というコミュニケーション不全があったことが分かっている.

 そもそもの手順では,一度に扱ってよいウランの量が制限されており(質量制限),また,ウラン粉末を溶解する容器の形状も臨界に至りにくい細長い形状に制限されていた(形状制限).この質量制限と形状制限の両方で臨界に至らないように予防していたが,1993年ごろから,溶解作業をよりやりやすくするために,許可を得ている容器とは別の容器で溶解するようになった.また,1995年には小分けにする作業が面倒だとしてまとめて投入するようになり(質量制限違反),1999年には投入する容器が入れにくいとして別の容器を代用したところ(形状制限違反),臨界事故に至ったという.

 作業手順書は用意されていたが,内容が分かりにくく,作業員は手順書を読まずに作業を実施していたという.また手順書は,順守する必要があると認識されておらず,作業手順を守らないと臨界に達する危険性があることを認識できる文書になっていなかったという.ここで,作業者はエンジニアではないが,手順書を作ったのはエンジニアである.ここにも,手順書におけるコミュニケーション不全があったといえる.

 すべての文書には目的(何のために)と相手(だれに向けて)があり,相手に対して目的を達成できる文書が「良い文書」である,と戸田山氏は述べた.ところが,日本の小・中・高校における作文指導では,読書感想文や小論文など,目的と相手が指定されていない文書を書かせることが多い.その結果,本来,その文書が達するべき1次的な目的をないがしろにしたまま,「この作文で良い点を取る」という2次的な目的を果たすための文書を書く傾向が出てくるという.

 良い文書であるためには,目的を達成できることが重要であり,文法的に正しいことや論理的であることは,目的を達成するための手段にすぎない.目的を達成するためには,目的が何かということと,伝える相手が何を知っており,何を知らないのかを考える必要がある.そして,相手との共通認識を無いものとして過剰に論理的に表現すると,かえってコミュニケーションを阻害することになる,と述べた.

 

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