"ぶつからないクルマ"の品質向上は想定・実験・調整の繰り返し ―― ソフトウェア品質シンポジウム 2012(SQiP 2012)(1)
樋渡氏は,1989年暮れに立ち上がった安全技術の新プロジェクトから参加している.同社では,衝突防止のためには人間の目と同じようにステレオ・カメラが必要である,と最初から考えていたという.ミリ派レーダやレーザ・レーダは当時からあったが,ステレオ・カメラのほうが対象を確実に捉えることができる,というのがその理由だ.
2台のカメラで撮影した画像を比較してマッチングをとり,視差により対象までの距離を測る.これが基本的なしくみである.「ステレオ・マッチングまでの基礎技術はだれでもできる」と樋渡氏は言う.逆光などのノイズをいかに除去して,周囲の車や自転車,ガードレール,車線,歩行者などを正確に認識するかや(写真3),大雨や雪道などの認識困難な場合にどうするかなどの問題を解決して,量産可能な状況にもっていくのに相当苦労したという注2.
注2:樋渡氏が行った実用化実験の秘話が,VividCar「これからはセイフティ! 開校『スバル安全大学』」に掲載されている.
写真3 EyeSightで前方の自動車とガードレール,車線を認識
同車線の車を黄緑色で,他車線の車を青色で認識している.右手のガード・レールや路面の白線も認識している.

このように,10年近く基礎研究を続け,1999年に「だれも知らない試作車」ができ,同年9月にステレオ画像センサを搭載した「ADA(Active Driving Assist)」の第1世代を発売した.受注生産だったがなかなか売れず,2001年に発売したADA第2世代,2003年に発売したADA第3世代も売れ行きはかんばしくなかった.第2世代,第3世代と世代交代のたびに機能を追加しており,特に第3世代では視界の悪い降雪時でも衝突を防止できるようにミリ波レーダを追加したため,まったく採算の取れない状況が続いていた.
転機となったのは2006年11月である.レーザ・レーダだけを搭載し,追従走行機能を持つ「SI-Cruise」を発売したところ,評判が良かった(写真4).これにヒントを得て,2008年,ステレオ・カメラを搭載した運転支援システム「EyeSight」として発売した.カメラを1ユニット化してコストを抑えた.また,従来のADAのイメージを払しょくするために,名称も変えた.そして,2010年に機能を追加して発売した「新型EyeSight」が,テレビ・コマーシャルの効果もあってヒットにつながった.
写真4 EyeSight商品化の歴史

衝突防止機能には規格がなかったため,何を想定してどのような試験を行うのかなどはすべて自分たちで考えて実施してきたという.逆光にしても,朝日の逆光や夕日の逆光などさまざまな時間帯やさまざまな当たり方を確認し,調整を重ねた.路面状況も,雨や一面雪,まだら雪などと分けて認識して,ブレーキをかける速度を調整している.このほか,懸念が出た点は実験を繰り返して一つ一つつぶしていった.また,高性能のカメラを搭載することや,初期調整のために製造ラインを3分止めるなど,周囲の開発者には非常識と受け取られることでも,1人くらいは味方になってくれる人がおり,やりとげることができたという.
今後の展開についてはまだ秘密だが,EyeSightの視野を広げる(広角化や距離を延ばす)ことなどを考えているという.