新人技術者のためのロジカル・シンキング入門(1) ―― いかにしてバグの原因を突き止めるか
●○● Column ●○●
ロジカル・シンキングとは何か
ロジカル・シンキングというのは,もともとは経営戦略立案のためのテクニックの一つです.大きな書店の経営書のコーナに行くと,「ロジカル・シンキング」と題した,似たような内容の書物がいくつも並んでいます.ロジカル・シンキングという考え方は,経営書の世界では使い古された概念です.
● 理論と実務の埋めがたい隔たり
筆者がエンジニアとして実務経験を積んで身に付けたことは,ほとんどすべてが実際の経験から学んだものでした.もちろん,人並みにソフトウェア工学の知識に頼ろうとしたこともあります.しかし,ソフトウェア工学の書籍を見るといつも感じたのは,理論と実際の埋めがたい隔たりでした.最初は「理想と現実は違うのだろう」という程度に考えていましたが,だんだんと既存のソフトウェア工学が説く知識体系それ自体を信用しなくなりました.同僚から盗み取ったものか,自分で考えたもの以外,実際の開発に役に立つノウハウや知識にはなり得ない,と思い始めたのです.
何年かの実務経験を経て開発のノウハウもいろいろとため込んだあるとき,自分の身に着けた知識を何らかの形で理論的にまとめられないか,と考えるようになりました.その中であるとき,自分が行っているアプローチが,以前に書籍で読んだ「ロジカル・シンキング」という考え方に非常によく似ているな,と思い始めたのです.ロジカル・シンキングの手法を今まで身に着けたソフトウェア開発のノウハウに当てはめて考えてみると,いままで曖昧模糊としていたものが,すっきりとシンプルに,他人に伝えやすい形でまとまってくることに気が付いたのです(図A).
ロジカル・シンキングは,冒頭でも述べたように,経営課題解決のための思考ツールです.ソフトウェア・エンジニアである筆者が培った知識がなぜ,経営戦略のための方法論と結びつくのでしょうか. これは一見不思議に思えるかもしれませんが,ロジカル・シンキングの生い立ちを考えれば,それほど奇妙なことではありません.
● 「一般工学」としてのロジカル・シンキング
「ロジカル・シンキング」というコンセプトは,経営コンサルティングを行う会社が世の中に広めた考え方です.経営コンサルティングの業界は主として米国で発展し,100年くらいの歴史があります.その中で経験的に培われたノウハウが,ロジカル・シンキングなどのコンセプトに集約されて,まとまっていきました.
経営コンサルタントというとビジネス・スクール出身者ばかりのように思えますが,過去の歴史の中で活躍したコンサルタントを見ると実は,もともとエンジニア出身の人が多くいます注A.現在でも,工学系出身の人は意外に多いことが分かります注B.「ロジカル・シンキング」の背後には,エンジニアの物の考え方,工学的な考え方が,実はかなり色濃く影響しているのです.
データに基づいて物事を切り分けていき,思うような結果が現実に得られるようにするやり方は,どんな工学分野においても必須と言えます.とは言え,高度な数理科学を駆使した工学の専門知識が経営課題の解決にそのまま使えるわけではありません.揺らん期のコンサルタントたちが応用したのは工学の専門知識ではなく,それらの背後にある物の考え方,つまり,物事を切り分けて解決するアプローチそのものでした.データに基づいて理論的に問題を切り分けるための本質的な考え方,エンジニアに不可欠なこの考え方を分かりやすく定式化していくことで経営課題の解決に応用していったのが,「ロジカル・シンキング」に代表される問題解決のツール群なのです.
注A;経営コンサルタントとして名の知られた大前研一氏の著作には,「MIT (Massachusetts Institute of Technology)で原子力工学を学んだときの経験が,経営コンサルタントになってから役立った」という話が繰り返し出てくる.
注B;例えば,ボストン コンサルティング グループのWebサイト(http://www.bcg.co.jp/recruiting/talent.html)によると,スタッフの23%が工学系の学部出身者であるという.