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「行うは難し」を知る者は実践に学ぶ
――Open SESSAME Workshop 2003レポート(2)

 

組み込みネット編集部



  2003年1月10日に開催された,組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会(Society of Embedded Software Skill Acquisition for Managers and Engineers;通称SESSAME)主催の「Open SESSAME Workshop 2003」では,基調講演のほかに,各社の技術教育への取り組みやSESSAMEの活動などに関する七つの講演と一つのパネル・ディスカッションが行われた.大学の技術者教育やオブジェクト指向教育などに関する話題が取り上げられた.


●現場で役立つ大学教育のススメ

 東海大学 電子情報学部 コミュニケーション工学科 助教授 清水尚彦氏は,「次代の組み込み技術者育成の実践教育」というテーマについて講演した.

 まず,大学教育が産業界の役に立っていないと言われがちな理由について,大学が主に研究者育成機関として機能している例が多いことを挙げた.学生が実務志向であっても,指導者は論文が出せる研究内容に学生を誘導する場合があるという.また,学生を教官の補助研究者として利用する向きもあり,そのために産業界が求める「設計力のある技術者」を十分に育成できていないのではないか,と述べた.

 また,技術習得のためには「理論を理解する」→「優れた例題を読む」→「実践的な演習を行う」の繰り返しが必要になる.しかし,大学教育の現実は「講義を聴く」→「解法を丸暗記する」→「試験後忘れる」の繰り返しになっている.

 これらの問題を打開するために,同氏の研究室では教育方針として「動くものを作る」,「楽しいことをやる」,「指導者が実践してみせる」を掲げている.「動くものを作る」ためには,実際に開発対象が動作するところまで作業を続けなければならない.何か不ぐあいがあれば,それを解決しない限り,作業は終わらない.学生は,何か問題があって動かない場合に,原因を分析するのではなく,最初からやり直したがる傾向にあるという.これに対して同氏は,原因をどのように究明すればよいのかを実践してみせている.ときには,学生のデバッグに付き合って徹夜することもあるという.「技術は魔術ではない.動くのも動かないのも理由があるということを,学生に理解させる必要がある」(東海大学の清水氏).

 また,むやみに担当を専門化させないことも大事だという.担当を細分化/専門化してしまうと,自分の担当外の部分はブラックボックスになってしまい,全体を見通すことができなくなる.そのために,例えば研究室内でUSBシステムの開発を行っているグループ(3人の学生がチームを組み,それぞれ,プロトコル処理回路,ファームウェア,データ構造の記述部分を担当している)に対して,お互いの分野を理解しながら作業を進めるように指導しているという.

 清水氏は,大学に移る前は大手コンピュータ・メーカにおいて10年間で六つのプロセッサの開発プロジェクトに携わった経歴を持つ.その「現場」の感覚を大学に持ち込み,今後の人材を育成したいと考えているようだ.ただし,このような指導を行う清水氏の授業は,「あの先生の指導は厳しい」と学生から敬遠されることもあるという.


[写真3] 大学教育について講演する清水尚彦氏
清水尚彦氏(東海大学 電子情報学部 コミュニケーション工学科 助教授)は,万能型のスーパ・エンジニアとなりうる組み込み技術者を育成するために考えていること,実践していることなどを語った.


●オブジェクト指向の"お助け"部隊を軌道に乗せた苦労を語る

  横河電機 R&D ITプロジェクトセンターは,社内で「オブジェクト指向相談室(OODESK)」という組織を運営している.その設立から現在に至る経緯と活動内容について,同センタに所属する井上 健氏が講演した.今でこそ軌道に乗ったプロジェクトではあるが,ここに至るまでにはさまざまな苦労があったという.

 OODESKは,社内のオブジェクト指向に関する質問や相談,講演依頼などに応じる組織である.本部をITプロジェクトセンター内に置き,同社のイントラネット上にOODESKのWebサイトを公開している.社内の各部署に存在するオブジェクト指向のエキスパートがOODESKのプロジェクト・メンバとして参加している.

 設立当初は知名度が低く,支援の依頼も少なかった.活動を活性化するために,社内報にOODESKの紹介を載せてもらったり,メーリング・リストを立ち上げたり,社内アンケートを行うなど,さまざまな手を打った.組織の参加メンバのモチベーションを高めるために,OODESKへの貢献を会社に評価してもらえるようにかけあったり,会社から表彰してもらうしくみを用意した.

 知名度が上がるに従って支援の依頼が増え,現在では全社的な品質管理やプロジェクト管理の意識向上に貢献しているとの感触を得ているという.教える側にとっても,学んだ知識を人に教えることによって,本人の理解が深まるというメリットがある.こうした活動を推進するためには,強力な旗振り役と,それを受け入れる企業風土がかぎになると同氏は述べた.


[写真4] 企業での教育について講演する井上 健氏
井上 健氏(横河電機 R&D ITプロジェクトセンター)は,社内の技術向上のための取り組みとして,社内に設立している「オブジェクト指向相談室(OODESK)」の活動について講演した.


●プロダクト・ライン工学を組み込み技術に導入

 組み込みソフトウェア開発者が担当するのは主に設計やプログラミングだが,製品開発を成功させるためには,より上流の「システム設計(システム分析,アーキテクチャ設計)」や「商品企画」から見直す必要がある.こう考えて活動を始めたのが,SESSAMEのワーキング・グループ「EEBOF(Embedded Engineer's Birds of a Feather)」(WG1)である.そのEEBOFの活動について,NEC東芝スペースシステムの檜原弘樹氏が講演した.

 EEBOFでは,米国Carnegie Mellon大学のソフトウェア工学研究所が定義したソフトウェア開発のアプローチ「プロダクト・ライン工学」などに着目し,ソフトウェア開発の品質や効率を改善するためにどうすればよいかを月1回集まって議論しているという.「特定の市場のニーズを満たす特徴を共有する製品群」と定義されているプロダクト・ラインを,「予見可能なコア資産を体系的に創造・利用・管理する再利用アプローチ」と定義し,この考えかたに基づく開発プロセスやアーキテクチャ,教育などを製品開発全体に生かすことを考えているという.

 EEBOFはSESSAME内に設立された一つ目のワーキング・グループであり,2001年11月から活動を続けている.


[写真5] WG1の活動について講演する檜原弘樹氏
檜原弘樹氏(NEC東芝スペースシステム)は,プロダクト・ライン工学の考えかたについて報告した.


●オブジェクト指向はやっぱり難しい?

 一方,もう一つのワーキング・グループ(WG2)は,組み込みソフトウェア開発に利用できる設計サンプルを示すことを目的に活動している.今回は,構造化(分析/設計)手法とオブジェクト指向手法による開発事例の比較について,リコーの山田大介氏が講演した.

 WG2では,電子ポットの開発を例に,二つのチームに分かれて開発に取り組んでいる.現状では,構造化手法による開発が比較的スムーズに進んでいるのに対し,オブジェクト指向型の開発はクラス図作成段階で停止しているという.これは,構造化手法は機能分割を考えれば開発を進められるのに対し,オブジェクト指向は抽象化などの独特な思考が必要となるからではないか,と山田氏は推測している.あちらこちらでもてはやされているオブジェクト指向がこのような状態であり,一方,構造化手法のほうはかつての勢いはなく,教科書もツールも(国内では)市販されていないという.

 WG2の活動は2003年1月で一区切りし,今度は教科書作成を目的とする新たなワーキング・グループを立ち上げる予定.


[写真6] WG2の活動について講演する山田大介氏
山田大介氏(リコー)は,構造化手法とオブジェクト指向手法による開発事例について報告した.


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